過失責任の緩和期待と注意点

日本老年医学会と全国老人保健施設協会が、「介護施設内での転倒に関するステートメント」を公表しました。介護施設等での利用者の転倒・転落を老年症候群の1つととらえ、「すべてが過失による事故ではない」ことを広く共有することを目指しています。

利用者の転倒・転落リスクが高まる中で…

介護現場で「事故」として報告されるケースの7~8割が、「転倒・転落」です。高齢者の場合、「転倒・転落」が生じやすいだけでなく、反射神経や骨密度の低下などから、いったん発生すると防御がとれずに頭を打ったり、骨折などにつながりやすくなります。

今後、団塊世代が全員75歳以上を迎えるにあたって、利用者の転倒・転落につながるリスクはさらに高まる可能性があります。入院日数の短縮によって、運動機能や筋力が衰えた状態で介護現場に移るケースも増えています。新型コロナ禍で病床ひっ迫が解消されないとなれば、なおさらです。

こうした中で、「転倒・転落」の過失範囲が十分に整理されないと、現場職員の萎縮はさらに進みかねません。混沌としたプレッシャーは現場のストレスを高め、離職の誘発を招きます。2021年度改定で介護保険施設に「安全対策の担当者配置」が義務づけられましたが、過失範囲が整理されないと、担当者にかかる重圧も大きくなる一方です。

今回のステートメントは「入口」にすぎない

こうした中、転倒・転落を一律に事故とするのではなく、「老年症候群の一つ」という観点から整理したことは、サービス提供側と利用者・家族側での共通認識を変えていく期待が高まります。それにより、介護現場に向けられる「過失責任」が無制限に拡大するのを抑えるきっかけにもなるでしょう。

ただし、今回の「ステートメント」はあくまで当事者間の認識を変えていくことを目指した「入口」に過ぎません。「学会と全国規模の業界団体が示したものなのだから、利用者家族などをけん制する材料になる」と安易にとらえることは、逆効果となりかねません。

ステートメントでは、「転倒リスクを評価することの効果とその限界」を示しています。前提となるのは、転倒につながるリスクを正しく評価し、利用者・家族と共有していくことです。その土台の上に、「数多くのリスク因子が重なるゆえに、防ぐことには限界がある」という認識が築かれることになります。

逆に言えば、施設側のリスク評価が不十分だったり、それを利用者・家族との間でしっかり共有するという過程がおざなりでは、「防ぐことの限界」は相手に届きません。むしろ、「必要なことをしていないのに、限界ばかりを訴える」という利用者・家族側の不信感はかえって高まる可能性もあるでしょう。

司法は今ステートメントをどう判断するか?

訴訟リスクという観点でも同様です。仮に利用者の転倒ケースで、家族が施設側を相手取って民事訴訟を起こしたり、法人トップや管理者を刑事告発したとします。

そこでは、「施設側(あるいは管理者等の)過失責任」が主に問われることになります。それを司法側が判断するうえで、確かに今回のステートメントが、証拠材料の一つとして取り上げられる可能性は高まるでしょう。

一方で、そのことは、ステートメントが示す「リスク情報の共有」がきちんと行われていたかについて、司法側が今まで以上に厳しく踏み込むことを意味します。

つまり、利用者・家族に対する事前の情報共有の過程があやふやである(例.支援経過などの記録上で十分に反映されていないなど)とすれば、かえって過失責任が厳しく問われるケースが増えてくることも予想されます。

施設側と利用者・家族の対立を生む構図

以上の点を考えた場合、重要なのは「利用者・家族との日常的な信頼関係をいかに築くか」という原点に立ち返ることでしょう。

もともとサービス提供者側と利用者・家族側の間には、さまざまな対立が生まれやすい構図があります。サービス提供側の中には、(いかに従事者個人が「いい人」でも組織となった場合に)「クレーマー的利用者・家族もいる中でいかにガードを固めていくか」が前面に出てしまうことがあります。利用者・家族としては、そうした提供側の姿勢に不信感を抱き、「お世話になっているという気兼ねはあるが、言うべきことは言わなければ」という頑なな姿勢をとってしまいがちです。

両者共にさまざまな事情もある中、(明確なハラスメント等への対応は別にして)どちらの態度に問題があるかだけ論じても埒は明きません。対立しがちな構造があるのなら、その構図をどうやって緩和していくかを(現場任せにせず)組織的にマネジメントすることも、運営法人の責務としなければなりません。

そのために、どのタイミングで、どのように利用者・家族側へと(認識共有のための)情報公開を図るかという指針とマニュアルを整備すること。これがあって初めて、今回のステートメントが活かされるはずです。

特に新型コロナ禍で、双方のコミュニケーションは目詰まりしやすくなっています。そうした時代だからこそ、電話やメール等を通じた日頃のやり取りの工夫、あるいは定期の家族会の開催法など、ちょっとした部分での改善を積み上げていくことが必要になります。

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