ICT導入支援事業は「使える」か?

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国は、中長期にわたるICT導入の促進を、介護分野の「生産性向上」のカギと位置づけています。たとえばインフラ部分での推進策として、2019年度から「ICT導入支援事業」の予算化を図り、補助上限額の引き上げや補助対象の拡大にも着手してきました。

プランデータ連携で紙媒体はどれだけ減る?

内閣府の規制改革推進会議が出した「答申」では、現政権が推進する「デジタル社会」に向けた規制改革の実現が大きなテーマとなっています。その中の介護サービスの生産性向上にかかる部分から、デジタル改革にかかるポイントをまず整理しましょう。

(1)介護事業所が行政機関に対して行なう(事業所指定に関する申請などの)文書提出のオンライン化を進めること→介護サービス情報公表システムの改修をもって進める

(2)介護サービス事業所間におけるケアプランの電子的な送付・保存を可能にする「ケアプランデータ連携システム」の早期運用

(3)介護職員等が行なう介護記録の作成・保存や、これにもとづく報酬請求事務のいっそうの電子化に取り組むこと─となっています。

ちなみに、ケアマネにとって気になるのは、(2)の「ケアプランデータ連携システム」でしょう。厚労省のデータでは、居宅介護支援事業所と介護サービス事業所の間でやり取りされるケアプランの約90%で、「印刷媒体」を活用している現状が明らかになっています。

これを先の連携システムでやり取りすることで、どれだけの文書量が削減されるかという推計も示されています。それによれば、居宅介護支援事業所では1事業所あたり1月575枚の削減が可能としています。

カギとなるICT導入支援事業の概要を整理

では、これを実現する前提となる「ICT環境の整備」はどこまで可能なのでしょうか。カギとなるのは、冒頭で述べたICT導入支援事業ですが、2019年度の予算化とその後の拡充で、どれだけ事業所で事業活用がなされているのかが気になるところです。

現状(2023年度まで)の事業の概要を改めて確認すると、以下のとおりです。

(1)補助上限額…最大で職員数31人以上の場合に260万円(もっとも小規模〈職員数1~10人〉の場合で100万円)

(2)補助率…一定の要件を満たす場合の下限は3/4、それ以外の事業所の下限は1/2(この範囲内で都道府県の裁量により設定する)

(3)補助対象…介護ソフト、業務効率化に資するソフト(シフト管理など)、タブレット端末、スマートフォン、インカム、クラウドサービス、wi-fi機器等、保守・サポート費など

補助対象や手続きの「壁」をどうするか?

上記の事業は、地域医療介護総合確保基金(介護分)によって運営されます。そのため、都道府県によって「補助対象」などが若干異なるケースもありますが、注意したいのは、事業所のパソコンやプリンターはおおむね対象外であることです。また、交付決定前に購入、リース等したものについても原則対象外です(ただし、2021年度報酬改定にかかる業務改革のために4月1日以降購入したものについては対象としているケースもあります)。

さらに、交付審査のために事前協議書や事業計画書を提出したり、導入後に(ICTによって得られた効果などの)事業実績報告書を客観的な評価指標にもとづいて作成するといった手続きがあります。実務マンパワーの薄い中小事業所などにとって、交付申請ハードルが高くなる可能性もあるわけです。

いずれにしても、現場にとって使い勝手のいい制度か否かについては議論が分かれそうです。今後の活用状況の検証次第では、運用方法の見直しも必要になるかもしれません。

2020年度に2000件以上が活用しているが…

では、このICT導入支援事業の活用状況はどうなっているのでしょうか。厚労省の取りまとめによれば、2019年度の15県・195事業所に対し、2020年度は40都道府県・2,415事業所まで拡大しています。

とはいえ、居宅介護支援事業所だけで全国約4万の事業所があるわけで、その1割に満たない数字です。もちろん、「すでに整備済み」という事業所も一定数はあるでしょう。しかし、事業所間の情報共有で「ICTを活用していない」という居宅介護支援事業所が8割近くにのぼる(居宅介護支援事業所における業務負担等に関する調査研究より)ことを考えれば、事業の浸透には暗雲が漂います。

「デジタル社会の構築」という方針のもと、国が「介護分野のICT化推進」を本気で目指すのなら、少なくともネット環境を公共インフラとして整えることも考えなければなりません。たとえば、利用者参加のサ担会議をオンラインで行なうとして、利用者宅にwi-fi環境やテレビ電話を一律で整備するといった取り組みも視野に入れる必要がありそうです。

国による投資は「デジタル業界のため」でなく、「すべての国民と現場の当事者のため」という視点が常に問われます。ICT導入支援事業などが、果たしてその視点に沿っているのかどうかを見極めつつ、すべての現場が歓迎するしくみに進化させることが望まれます。

・参考:第11回規制改革推進会議 医療介護WG(厚生労働省資料)

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。