介護現場のフェーズが限界に

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5月21日、厚労省は「高齢者施設等における感染防止対策および施設内療養を含む感染者発生時の支援策」について事務連絡を発出しました。新型コロナウイルス感染症をめぐり、地域によって病床がひっ迫し、高齢者が自宅療養のみならず施設療養も余儀なくされる事態が生じているケースを受けてのものです。

施設内療養者が多い地域で起こっていること

新型コロナ感染者のうち、(高齢者施設を含む)社会福祉施設等での療養者数は、5月26日時点で全国369人にのぼります。自宅療養者数が2万7359人、宿泊療養者数が8,661人なので、これらと比較すると低い数字です。ただし地域によって偏在が見られ、たとえば北海道や福岡県では100人を超えています。

これらのデータでは、都道府県単位での病床使用率とのはっきりした相関関係は認められません。ただし、入院・療養中のPCR検査陽性者数との関連性はうっすらうかがえます。つまり、その地域において、直近で「感染者数が急増した」という状況があると、施設等療養者も増える可能性があるわけです。

これは何を意味するのでしょうか。たとえば、新型コロナの感染者(特に重症者)対応のできる医療従事者が、その地域にどれだけいるか(また、動ける状況にあるか)が大きく影響していると考えられます。病床使用率に一定の余裕があっても、稼働できる人材が限られていれば、いったん「急速な感染拡大」に襲われた場合に「人」の方がパンクしかねないからです。高齢者施設としては、地域の確保病床に余裕があるか否かだけでなく、こうした地域の医療従事者の状況に注意を払いつつ危機予測を行なう必要がありそうです。

国は施設内療養に新たな補助金を設けたが…

以上の点を考えれば、施設内療養の急増は、「どこでも起こりうる」として体制を整えなければなりません。問題は、利用者が感染した際のフローで「医療につなぐ(感染者が入院する)」という部分が変わってくることです。

施設で感染者が発生した場合、都道府県からの「感染制御・業務継続チーム」や、場合によっては「DMAT・DPAT等の医療チーム」の介入により、ゾーニングや優先業務の整理などが行われます。現場としては緊張度の高い状況を強いられるわけですが、施設内療養が長引けば、「先が見えない」という従事者側の心理状況が大きな負担となります。

国は、施設内療養に際して「療養者1名につき15万円」を補助することとなりました。これにより、施設内療養にともなう追加的な手間にかかる「かかり増し経費」にあてることが目的です。そのため、感染者が15日以内に入院した場合には、療養期間に応じた日割り(1日1万円)補助となります。

「日割り」という考え方は果たして適切か?

しかし、先に述べたような「(一時的にしろ)先が見えない」という従事者側の心理的負担は、療養期間の長短では測り切れません。特に緊急時の現場を管理するリーダークラスの従事者にとっては、感染者が入院した後でも「次の感染者が出ないようにする」ための現場の引き締めを続ける必要があります。たとえば、緊張の糸が途切れて、感染対策が瞬間的におろそかになるリスクもあるからです。

また、施設内の環境変化にともなって(感染者ではなくても)認知症の人のBPSDが悪化したり、入所者全体のADL・IADLが低下する可能性も高くなります。そうした状況への「事後」的な対応に追われるという負担も、特にリーダークラスには重くのしかかります。

これらの点から、本来なら療養期間にかかわらず「日割り」ではなく「一律15万円」にするべきではないでしょうか。「日割り」というのは、あくまで「その間のかかり増し経費」の考え方に基づくものです。しかし、現時点に至っては転換も必要な時期に入っています。

やはり必要なのは、先の「慰労金」に該当する予算措置です。「病床ひっ迫にともなう施設内療養」についての通知を出さざるを得ないというのは、明らかにフェーズが一歩進んだといえます。それに見合った「人」への支援を大胆に組み直さないと、介護現場が感染者を支える限界は一気に訪れるでしょう。

「病床ひっ迫」は居宅系の現場にも影響を

このことは、施設内療養に限った話ではありません。先に述べたように自宅療養者は約2万7000人ですから、全感染者のうちの70歳以上の高齢者が15%程度(厚労省データより)として約4000人。重症化しやすい高齢者の入院率が高いとしても、施設内療養者の10倍に達している可能性があります。

となれば、居宅系サービスでの「自宅療養者を想定した対応」への支援も、さらに進めていく必要があるでしょう。「病床ひっ迫時における在宅要介護高齢者が感染した場合」については、今年2月5日に厚労省から留意点が示されています。たとえば、包括や居宅介護支援事業所が、都道府県・保健所と連携してサービス調整やフォローアップを行なっていくといった内容になっています。

この状況下での担当ケアマネの疲弊についても、地域のケアマネ連絡会や包括などに多数寄せられている状況を聞きます。「現場でのフェーズが変わっている」ことに対して、一刻も早い対応が求められます。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。