【直言】科学的介護は大丈夫か? 誰も言わない不安

新年度になりました。いよいよ今日から、介護保険の新たなデータベース「LIFE」の本格運用が始まります。厚生労働省はこれを重要な基盤として、いわゆる「科学的介護」の展開を図っていく方針を打ち出しています。【結城康博】

これは1つの進歩

今回はこの「科学的介護」のお話をさせて頂きたい。大枠の考え方には賛成です。良いことではないでしょうか。現場のデータを蓄積し、そこから得られるエビデンスを自立支援・重度化防止の推進に役立てていく、という構想を前向きに受け止めています。

現在の介護は、こうしたアプローチが非常に乏しいと言わざるを得ません。個々の主観のみに依存したサービスが多いですよね。もちろん現場では、ご利用者の尊厳や思いなどを何より重視した温かい丁寧なケアが提供されています。その一方で、やや場当たり的な対応に留まることもやはり少なくないでしょう。

そこに「科学的介護」の視点を新たに加味していく − 。これは進歩と言っていいと思います。

介護は価値観を重視

私が問題を提起したいのは、その具体的な方法論についてです。改めて言うまでもないことですが、介護は医療と同じではありません。厚労省はもう少し、その辺りを明確に掲げるべきではないかと感じています。

医療の場合、治療方針の決定はエビデンス、資源、価値観の3要素を踏まえて行われるわけですが、この3要素は基本的に同等の重みを有しています。図示してみました。

一方、生活の支援や福祉といった側面の強い介護の場合、サービス提供の方針を決める際に価値観がかなり大きな意味を持ちます。

先ほど指摘したように、現在の介護がこのうち価値観と資源しか考慮に入れていないことは否めません。そこにエビデンスが加わるのは歓迎すべきことでしょう。

ただ、医療より大きなウエイトを占めるのはやはり価値観の要素です。これを具体化するために資源やエビデンスをどう使うか、が問われなければいけません。医療モデルとは異なります。

これをすればオムツを外せる、これをすれば自力して歩ける、これをすれば1人でお風呂に入れる − 。いずれも大切な話ですが、その人が本当にそれを臨んでいるのかどうか、今どのような時間を過ごしたいと願っているのか、ということがまず先に検討されなければいけません。

国の科学的介護はどうでしょうか。これまでの議論を追ってきた限りでは、こうした視点が欠けているのではないかと危惧しています。

やりがいを損ねるリスクも

介護職の仕事が増える、という問題もやはり無視できません。新たに創設される加算を算定するためには、利用者情報の収集、整理、提供、フィードバックを活かしたPDCAサイクルの実践など、かなり多くの労力がかかるとみられます。既に現場の人手不足は極めて深刻な状況にありますが、本当に大丈夫なのでしょうか。負担が増して一段と逼迫する懸念が強い、と言わざるを得ません。

介護職がエビデンスの構築ばかりに時間を取られ、最も重要な価値観がないがしろにされるようでは本末転倒です。ご本人のお話をじっくりと伺う、希望を叶える、人生に寄り添う − 。そうした血の通ったケアの提供を妨げてはいけません。ご利用者と向き合わずデータばっかり見ている、なんてやっぱりおかしいですよね。現場の負担には是非、最大限の注意を払って頂きたい。

あわせて持論を言いますが、介護では千差万別のアプローチをある程度認めても良いのではないでしょうか。少なくない介護職がそこに仕事の面白みを感じている、ということが理由です。

熱心な介護職はみな、内に秘めた独自の福祉マインドを全力でご利用者にぶつけて職責を果たそうとしています。彼らのやりがいを損ねてはいけません。人手不足や現場の空洞化が加速し、サービスの質も大幅に低下する結果を招くでしょう。ここは極めて重要なポイントです。もっと真正面から堂々と論ずべきテーマではないでしょうか。

議論を盛り上げよう

科学的介護をうまく成功させるためには、こうした課題をじっくりと、慎重に検討していく必要があります。医療モデルとは違う、介護オリジナルのエビデンスを踏まえたサービスのあり方とは、一体どんなものなのか − 。また“走りながら考える”ということになるわけですが、しっかりと議論を盛り上げていきましょう。

現場の関係者も遠慮せず、是非もっと言いたいことを言って頂きたい。科学的介護は業界の大変革です。皆で主体的に関わり、力を合わせて良いものを作り上げていかなければいけません。

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