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ケアマネ特集コーナー

ファイトほんまさん 『教科書では教えてくれないケアマネ業務』誕生秘話!【ケアマネ特集】

2008/08/07NEW

けあとも介護ブログ「ファイトほんまの独立ケアマネ日記」、ケアマネドットコム介護コラム「ファイトほんまの独立ケアマネ☆半熟フィールドワーク」でおなじみの、“ファイトほんま”こと本間清文さんが、この度、ご著書を上梓されました。

本間さん自身の介護体験を交えつつ、本間流ケアマネ業務のノウハウをわかりやすく実践的に解説した内容となっています。

聞けば、今回の著作は、「けあとも」と「ケアマネドットコム」の存在がなければ、存在していなかったとか。
これまでのケアマネジャー専門書とは一味違う、本間さんの人柄がにじみ出たコミカルなエピソードはじめ、介護関係者の方はもちろん、そうでない方たちでもお楽しみいただけ、現場で役立つノウハウも詰まった充実した内容です!

そこで、今回は本間さんに、著作を発表されるに至った経緯、この本にこめた思い、そしてご自身の介護感についてのお話を伺いました。
(聞き手:株式会社エス・エム・エス 江尻 有芙)
教科書が教えてくれない
ケアマネ業務 雲母書籍 '08/06
本間清文 著

――ご著書を書かれた経緯を教えてください。

今回の本は、けあともブログがあったからこそ、書くことができたと思っています。というのも、けあともブログを書くことによって毎日の振り返りができ、その中の発見が多くあったことが大きなきっかけとなっていたからです。

■ 独立ケアマネ、誕生のいきさつ

僕の尊敬する中学校の先生は「どんな仕事でも、10年続ければメシが食えるようになる」と言いました。
それがどうだろう……大人になって、介護の仕事に就いて、10年以上経ったけど「食えていない」という現状に、ハタと気づいてしまったんです。

それでも、介護保険制度が始まるまでは、そこそこの給料をもらって、それまで適当にやってこられたんです。しかし、介護保険制度が始まってからは「食えない」どころか、ますます状況は悪くなる一方。
「こんなのやっておれん!」という怒りの反面、じゃあ自分は啖呵切れるくらい一生懸命やってきたのかというと、そうでもない自分がいて……。

そんな時に子供が生まれたり、玄秀盛(※1)さんに出会ったりして「こんなにチンタラやっていたらダメだ!」と思い直したりもしたんですが「介護の世界に未来はないなぁ」と見切りをつけてもいたり……。
ただそこで、「別の業界に移るならこの業界で、最後にだめもとでやりたい放題やって、悔いを残さず去っていこう!」ということで、ケアマネとして独立したわけです。

そのときはもう、「どうなってもいいや!」という心境でした。

子供の頃のDVやイジメの体験を思い出しては「俺の人生はなんて暗い人生なんだ……」と、ある種自分の人生の底を見て、自暴自棄になっていた部分もありますね。(こちらの経緯は「ケアマネドットコム」に詳しく書かれておられます)

■ 「世界平和よりも家庭の平和 」― ケアマネの使命とはなんぞや?

独立して一年が経ち、メディアにもちょこちょこ出させていただいて、仕事も何とか軌道に乗り始めた頃かな。自分なりにちょっとした達成感もあり、すこしテンションが下がっていたんです。

そんなとき、自分の担当ケースの中にも「虐待」が日常茶飯事にあって、10件あれば2件くらいは潜在的に行われているという事実に気づき、目を向けるようになりました。

虐待といっても目に見えるような虐待ではありません。

我々介護職は食事やらオムツ交換に関して「ああしてください、こうしてください」と理想論を言うけれど、家族にしてみたらしんどいし、現実的に実践するのは厳しいもの。そこは理解しているつもりです。
ただ、それを差し引いても、明らかに虐待の範疇でした。

認知症の方は自身で虐待の事実を表現できないし、家族自ら虐待の事実を告白することもない。僕の中で、虐待を受けているけど声に出せない高齢者と少年期の自分がリンクしたんです。
さらに、その虐待のある家で育つ子供は、自分の親がおじいちゃん、おばあちゃんをいじめている様子を見ることになる。
「虐待」や「DV」は、見ている方も被害者なんです。

それからですね。「自分の親が、家のおじいちゃんやおばあちゃんを虐待する光景を、孫である子ども達に見せたくない」と強く思いました。家の中で家族間のいじめがあると、そこで育つ子供にもよくないと思う。心理的にね。

「子供たちを被害者にしたくない、家庭は(幸福ではなくても)せめて平和であってほしい!」と、ケアマネという仕事に本格的に使命感を持つようになりました。

かといって介護はご介護者だけではできないし……そこでケアマネの使命とはなんぞやと、考えたんですね。

今ある介護関係の本は、肩書きのある人たちの本が大半です。今回僕は、「けあとも」ブログと「ケアマネドットコム」コラムを出発点として「教科書では教えてくれないケアマネ業務」という本を書いたわけだけど、僕のようなどこの馬の骨か分からないような者が、個人名で本を出版させてもらえるなんて、本来ありえないことですよね。

今も現場を駆けずり回る一ケアマネとして、机上論ではない現場の生の声を書き記したかったんです。

――この本のポイントは何ですか?

厚生労働省から今年の冬に一律で「生活援助サービスをカットしてはならない」と通達がでましたが、じゃあ、生活援助のアセスメントってなにかというと、いまだにうまく確立されていない。いくつか自治体がツールを出しているけれど、それでも不十分ですね。本の「近過去のアセスメントと援助」の項目を読んでもらえると、かなりクリアに生活援助のアセスメントができるようになると思います。ここはひとつ、ポイントですね。

僕はこの本に「居宅介護支援事業のノウハウ」とも言える内容をこめました。
ケアマネの報酬は単価が安く、どこも「赤字だ」といって騒いでいるけど、ある意味今の状況では赤字になるのが当たり前だと思うんです。

ケアマネの顧客は 1.利用者、2.サービス事業所 の二通りあるけど、利用者やご家族が「あのケアマネさんに介護支援してほしいから」と言って直接ケアマネ事業所に依頼することなんて、ほとんどない。かといって、サービス事業所から依頼が来るかというとそれもほとんどない。

つまりそれだけ、ケアマネの介護支援がアテにされていないということなんですよ。

今のケアマネは自分の事業所からの依頼、言うなれば内輪の支援しかしていません。

身内の仕事をするだけで、「ケアマネ」という仕事が社会化していない……それでは、社会的評価が低くて当然なのです。

本来であれば、他の事業所からの依頼にそなえた業務体制であるべきですね。そのためのノウハウが本書では書いてあります。

――にわとりが先なのか卵が先なのかの話になるとは思いますが、そもそも居宅介護支援事業に独立性・中立性が担保されるような制度設計であれば、いまのような問題は生じなかったということはありませんか?

個人的には厚労省が当初打ち出した、まずサービスを根付かせるという政策は正しかったと思っています。「まずサービスありき」で初めは自分の事業所のバックアップをすることはいいのですが、そこにあぐらをかいて併設ケアマネが自事業所に依存している傾向があるのではないでしょうか。そろそろ他の事業所からの依頼にそなえたフェーズにさしかかっているのだと思います。そうしない限り中立的な立場になれることはないと思います。

「赤字だ、赤字だ」と言いながらも、事業所から毎月それなりに給料がもらえるんですからね。
ケアマネとしての社会的評価(=報酬)と質の向上を図るのであれば、そろそろそこから離脱しないと。
居宅介護支援事業所として独立・中立だと認められるためには、外注で生計が立てられるくらいの介護支援をしていかなくてはなりません。

独立的・中立的にケアマネ事業所を運営するためのアイデアも込めました。主にサービス事業所や利用者・ご家族との付き合い方といった、コミュニケーションの方法についてですが。介護職の方って、コミュニケーションが苦手な方が多いでしょう?
僕自身が実践してみて良かったこと、あるいはイマイチだったことや不評だったことまで、赤裸々に綴ってあります。

ケアマネは現状で書類の多さや法令順守に追われて、業務が混乱してますよね。法令順守なんかは当たり前のことで、早くそこから脱して自分の足元である運営基準などをマスターしなくてはなりません。その方法なんかも盛り込んであります。

2000年に介護保険制度がスタートして、これまでなかったケアマネジャーという仕事が新しくでてきた。そのことへの戸惑いは、通常は、研修会への参加や本を買うことなどで解消しようとしますよね。ただ、そういった研修や本は、既存の医療や外国の事例など他のものの焼き直しでしかないと僕は思います。本当に現場に根ざした前例や理論がまだ確立されていない。

だから、そんなときこそ再度足元の現場を見直すべきではないでしょうか。本物の理論を確立するには一歩一歩現場を踏むしか道がない。世の中にないものを切り開いてゆくのは厳しいことです。

学識者、医療関係者、マスコミなんかは自分たちの理論を押し付けようとします。ですが、そんなのは半分だけ聞いていればいい。基本はあくまで現場なんです。現場が経験から学び、それを声にだす。それしかないはずです。研修に行くことより現場に耳を傾ける方がよっぽどためになる。

そして、そんな本がいままでないと感じたのも、この本を書いた大きな理由です。これまでのような(僕からすれば)机上論でない部分をふんだんに盛り込んだつもりです。

■ 歴史のある家族に、ケアマネがおいそれと介入する危険性

ミヒャエル・エンデの「モモ」(※2)は欧州の現代社会をうまく風刺している童話ですが、あれは今の日本にもとてもあてはまると思います。時間に追われてせかせかしていると気づかないうちに見失うものがあり、その見失ったものにこそ実はみんなが欲しがっているものが詰まっている……。

介護の問題は、医療・地域社会・ライフスタイル、生活のすべてが絡まってくる大きな問題です。荒廃しかかっているそれらの関係性の謎を、一見無意味とも思えるようなコミュニケーションが解いてくれるような気がするんです。

例えば僕は、高齢者からの生活援助の依頼も、同居家族がいる場合は断ることがある。それはなぜか?

介護保険があると、今の高齢者は、何でもお金で解決しようとする傾向があり、家族がいるのに「家族に弱みを見せたくないから」といって介護サービスを利用したりする。介護保険のない昔なら弱みをだして家族に頼っていたでしょう。そしてその頼り、頼られ、という「お互い様」の精神が人を謙虚にしていたんです。

家庭において、高齢者が謙虚になれず傲慢になってしまうのには、依頼があればやすやすとサービスを入れてしまう、我々介護者にも責任があるのです。

僕はそういったケースはまず断るべきだと思う。「まず頼るべきはご家族でしょ」と。

家庭にある背景も顧みずにサービスを入れてしまえば、家族関係だって壊しかねないのです。
今流行りのモンスターペアレントなども原因は通底してると思う。
利用者さんやご家族にはご理解いただけないことも多いのですが、僕は家族を壊したくはないですから。
ご家族や利用者のご理解を得られなくて嫌われるようなことがあってもいいです。そこまでして、儲けたくはない。

先日もある市民団体の方とお話しをしていたところ、その方がこうおっしゃいました。「なんで、ケアマネは、あんなに強引に介入してくるんでしょうかねぇ」と。
まったく同感でした。高齢者や家族の困りごとを解決し、お役に立ちたいという気持ちは尊いものです。でも、ケアマネも介護サービスも、それほど力をもっているわけじゃない。本当にわずかな力しか持っていないと思うんです。
そこを自分の力と勘違いしてしまうと、「助けてあげよう」とか「救ってあげよう」と傲慢になってしまいます。だけど、本来、僕達にそんな力はない。老化を防止する能力もないし、死を阻止する力ももっていない。できることといえば、話に真剣に耳を傾け、そっと寄り添うくらいが、精一杯。それくらいの謙虚な認識で丁度だと思うんです。
そうなると、何十年と歴史のある家族に、おいそれと介入することの危険性は明白です。

また、人間は自分に障害が生じると、おおざっぱには ショック→さまざまな葛藤→受容→再出発というプロセスを辿りますね。それが要介護状態という障害であれば、思いどおりにいかないことへの「ショック」の後、なんで俺だけとか家族、周囲への怒りや不満がある。それが「葛藤」。でも、それを受け入れざるをえなくて、「受容」。それからじゃあ、自分は今後どうしようかと悩み、「再出発」がくる。

僕が言いたいのは、「葛藤」の段階で、現状だと介護保険、つまり介護者に依頼がくる。これは単なる「依存」ですね。それに応じて、表面上の介護をすると再度「依存」、何度でも「依存」する。できないというと今度は怒ってくる。「保険なのに、どうしてできないのか」と。

だけど、僕たちの仕事はその方の「依存」に応じることではなく、要介護者が老いを「受容」してからが仕事だと思うわけです。逆にその「依存」に応じるべきではない。応じてしまうと、要介護者は老いを受け入れることなく、お金に頼って、ますます権利だけを主張します。そうすると家族にも当たるし、悪い循環ができてしまう。

もちろん、生命に関する場合は、そうも言っていられない場合もある。ですが、要介護者の精神面への関わりをないがしろにしたまま、表面的な支援をすることは、非常に危険性を伴います。

■ この道を切り拓くつもりがあれば、誰だって第一人者になれる

――漠然とした夢や抱負みたいなものはありますか?

あります!明確にあります!

僕自身のケアマネとしての抱負は、服部万里子先生の受け売りですが、まずケアマネを国家資格にすること。

そして、ケアマネとして独立採算が取れるようにすることです。そのために一歩さがってケアマネのコミュニティやスキルアップのスキーム(計画)を作っていくことも視野になくはないけど、今、僕が現場を離れたところでロクなものになれませんよ。

僕はまだまだ現場で駆けずり回って、まだまだ現場経験を積んでいきたいです。
そのためにうちの会社の社長候補を探しているくらいです(笑)
現場で、ケアマネが国家資格になるまでを見届けること。とりあえずは、これが僕の使命なのかなぁ、と。

――ケアマネドットコムユーザーへのメッセージをお願いします。

今現状では介護をとりまくニュースは暗いものばかりです。そのうえ介護の業務はとても難しい。そういったネガティブな雰囲気だからこそ、今、この業界はチャンスなんですね。みんなのモチベーションが下がっているなか、一人が一生懸命しているとすごい目立てる。

しかも生まれて間もない業界だから、まだ第一人者がいない。だからこそ、僕みたいな者でも本が出せたわけです。

本当にやる気があって、この道を切り拓くつもりがあれば、誰だって第一人者になれるのです。それを報酬や財源、管理者や仲間のせいにしていては、いつまでたっても報われない。自分自身に責任を置きながら、覚悟を持って立ち向かえば絶対に切り開いていくことができます。あきらめないでください!
(※1)玄秀盛
歌舞伎町駆け込み寺代表。暴力や金銭トラブルなどさまざまな問題を抱えた人たちを救済するために新宿歌舞伎町でボランティア活動を行っている。
(※2)ミヒャエル・エンデの「モモ」
とある街に現れた「時間どろぼう」と称する灰色の男たちによって人々から時間が盗まれ、みんなの心に余裕が無くなってしまった中、貧しいけれど友人の話に耳を傾け、自分自身をとりもどさせてくれる不思議な力を持つ少女「モモ」の冒険によって、奪われた時間を取り戻すというストーリー。

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