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配信日:2019/03/14  カテゴリ[ニュース解説]  閲覧数[1771]

受療率減少を支えた介護の実績

厚労省より2017年の「患者調査」の概況が公表されました。3年に1度行われている同調査では、患者の入院動向などが把握できます。たとえば、介護保険がスタートした時期と比較して、高齢患者の在院日数が20日以上短縮している状況も浮かびます。

過去20年間の患者動向から見えるもの

具体的に、退院患者の平均在院日数を取り上げてみましょう。介護保険制度がスタートする直前の1999年では、65歳以上で58.9日、75歳以上で67.2日でした。それが今回(2017年)は、前者で37.6日、後者で43.6日となっています。この減少傾向について、診療報酬上の退院支援の取り組み強化や病床再編が大きく影響しているのは間違いないでしょう。

ただし、もう一つ注目したいデータがあります。それは、入院にかかる受療率(人口10万人に対する入院受療者)の推移です。これによれば、99年では65歳以上で3909人、75歳以上で6072人だったのが、今回は前者で2734人、後者で3997人となりました。ともに減少率は3割強となっています。

つまり、入院から退院までの日数が短縮されているのに加え、入院に至る高齢患者数も大幅に減っていることになります。確かに、介護保険スタート当初に比べて外来・訪問診療などにおける(急性期に移行させない)療養管理の進歩なども影響はしているでしょう。しかし、高齢患者の生活を整えることが早期退院や急性期への移行防止につながることを考えれば、介護現場が担ってきた役割も無視することはできません。

訪問診療・看護の進化の陰に訪問介護の存在

2018年度から、すべての市区町村において8項目の在宅医療・介護連携推進事業がスタートしています。これも早期退院や急性期移行の防止を支えるしくみではありますが、在院日数や受療率の減少トレンドは、それよりもはるか以前から始まっています。

これを下支えしてきたのは、医療側でいえば、まだ報酬上の評価が低かった時期から、地域ニーズに応えて地道に訪問診療を展開してきた一部の医療機関の取組みでしょう。訪問看護も1990年に制度化されて以降、在宅療養を支える不可欠な資源として、地域の中で歩みを続けていました。

そして、介護側では、訪問介護が大きな支え手でした。三世代同居が多かった時代でも共働き世帯は増え、高齢の患者が退院しても日々の介護に家族では対応しきれない状況がありました。身体的な介護だけでなく、本人の栄養維持に資する食事づくりや在宅療養の中で増える洗濯物への対応、高齢者の屋内での動線を確保するための掃除などの家事も大きな負担となっていたわけです。

こうした家族の負担を支え、介護離職や世帯の家計苦境を防いできた中心的な存在が訪問介護です。その後の介護保険制度の誕生により、訪問介護以外にもさまざまな居宅サービスが生まれ、施設や居住系も増えました。しかし、それも長年にわたる訪問介護が築いてきた実績があったからこそといえます。

家族の負担が減り、笑顔が戻れば、本人の生きる意欲も高まります。ヘルパーによる日々の離床・立位の介助が体幹筋を鍛え、それによって先の訪問診療や訪問看護の療養支援がより効果を上げる──実際に訪問診療の医師からそんな話を聞いたこともあります。

真の科学的介護は“開拓者”への敬意から

つまり、在宅医療・介護連携といったしくみがない時代でも、現場レベルでは「多職種がしてきた協働」の姿があったわけです。確かに、当時と今を比較すれば、在宅療養を必要とする要介護者の数は各段に増えています。「だからこそ、しくみを組み立て直す」というのも分かるのですが、それぞれの職能の積み上げてきた実績が下地にあることを改めて評価することも不可欠なはずです。

何もかもがまだ試行錯誤で、国や行政さえ「何をすべきか」がはっきり見えていなかった時代──そこに道を拓いてきた一方に介護職の姿がある。それを「後追いする立場」である国が敬意を示し、確実に課題分析の中に取り込んでいくのが、介護職の社会的評価の向上につながる一歩ではないでしょうか。

たとえば、軽度者への生活援助のカットといった流れは、過去の財産を切り捨て、開拓者の価値を「さら地化」するようなもので、制度の持続可能性をむしろ損なう方策のように思います。なぜなら、現代企業の経営価値を高めるうえで欠かせないとされるナレッジ(経験・知識・知見)マネジメントが、財政論の中に含まれないからです。

国はデータベース「CHASE」等の運用で、エビデンスに基づいた科学的介護の構築を進めようとしています。本当に科学的というのなら、受療率低下の潮流の中で「介護サービス」がしてきたこととの相関をデータに加えることも必要でしょう。「CHASE」については、別の機会に改めて掘り下げますが、歴史の中で築かれてきた価値がどこまでデータとして活かされるのか注目したいところです。