介護医療院は療養型病床の受け皿になるか

  • コラム
  • 宮川明子
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現在の医療現場では、人工呼吸器や人ロ栄養などの延命措置をしないという選択ができるようになっています。ではこれまで急性期を経て長期療養してきた高齢者はどのような最期を迎えるのか。これについては、まだ道筋がつくれていません。生活の場としての機能を持つ「介護医療院」は、療養型病床の受け皿になりうるかについて考察していきます。

終の棲家と呼ぶには見直しが必要

介護医療院は慢性期の高齢者が利用する施設と位置づけられており、ここで亡くなる高齢者も多いと考えられます。しかし生活の場であり終の棲家と考えるには、あまりにもお粗末です。4人居室で自分の場所はわずか8平方メートル以上であれば良しとされており、まるで「寝たきり」になっていることが前提であるように感じられます。

プライバシーが保たれることは難しく、カーテンやパーテーションで区切ってしまえば廊下側などは景色を見ることすら困難です。また多床室になると、容態が悪くなっても同部屋の方に遠慮してしまい、思ったように過ごせない人も多いようです。

問題点は「医療的措置」

介護医療院には、「生活の場」としての機能を持たせることになっています。しかし通常の病院個室代を考えると、診療報酬適用では高すぎて利用しにくいと考えられます。そのため、一般的に介護保険を適用して対応していくことになります。

介護医療院では夜間に看護士が配置されていません。そのため医療行為を行うことができず、慢性期治療が必要な高齢者が入所できないことが問題になっています。インスリン注射やたん吸引などの行為を行うことができる人がいないからです。

軽んじることはできませんが、「医療」の守備範囲が広すぎるのではないでしょうか。現在「医療従事者」しかできないとされている慢性期の医療行為を、いくつか養成カリキュラムに加えて訓練した上で、介護福祉士も行えるようにしてはどうかと思います。

介護医療院では、ADLの現状維持は機能アップに当たるとされ加算対象になっています。一方、ターミナルケアも推進するとされており、いったい何がしたいのか良くわからないと感じることが少なくありません。少なくとも今求められている施設ではないのでは? と思えてきます。

いま求められる施設とは

孤独死や介護殺人のニュースが報道されるたびに「安楽死、尊厳死を認めてほしい」という声が高まります。「認知症になってまで長生きしたくない。認知症の症状が出てきたら安楽死を認めてほしい」というものです。こうした方々は、恐らく介護サービスを受けたことがないのではないでしょうか。実際の介護サービスとはどのようなものか、全く知らないことが多いのではないか、と思わされてしまいます。しかし人に迷惑をかけたくない、痛い・苦しい思いはしたくないというのは当然なことです。

このような声に応えるために、家族の負担なく、本人も痛みや苦しみなく最期を迎えられるような施設が必要と考えます。そうした施設をつくり、しっかり周知していく。そうすることで安楽死、尊厳死を望む声は変わっていくのではないでしょうか。介護医療院はそうしたニーズに応えうる施設であってほしいと切に願います。

生活の場とするには

もしも自宅や施設で倒れて入院しても、急性期が過ぎれば退院となり自宅やこれまで過ごした施設などに戻ることになります。特養などに入所していた場合には、最終的な受け皿が介護医療院となることもあるでしょう。高齢になるほど新しい環境に慣れるのは難しいもの。引っ越しなども相当な負担がかかると思われます。

現在は介護度や疾病によって、利用する施設が分かれていますが、せめて終の棲家となりうる施設は、最後まで安心してすごせる場であってほしいと思うのです。

痛みや苦しさを感じることのない医療サービスがあり、家族に負担をかけずに済むのなら、最期を迎えるのにふさわしい場所としてもっとも望ましいのは「自宅」かもしれません。介護医療院でのケアを参考にし、自宅で最期を迎えるために必要なサービスを構築していくのが望ましいのではないでしょうか。

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