家族として、ケアマネジャーとして高齢者に必要な支援を考える

  • コラム
  • 宮川明子
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私事ですが、父が1月に肺気胸と喉の腫瘍が原因で亡くなりました。このとき感じた家族としての思い、そしてケアマネジャーとして考えるべきいくつかの事柄について、ここでまとめてみます。

介護を受ける側とする側の注意事項

父に認知症の症状が出始めてから約10年、認知症だった母が亡くなって約3年。要介護度2だった父は毎日夕方になるとヘルパーさんに来てもらい、週2回通所リハビリテーションに通って、週5回は宅配弁当を取っていました。そんな中、通所を利用しているときに「息が苦しい」といって通院し、そのまま入院。驚いたことに、入院時につけていたチューブをすごく嫌がって暴れたそうです。

父はずっと温和で、怒ったり大声を出したりするところは見たことがありませんでした。ですから、そんな父が暴れるとは想像もできません。私たち姉妹にとっては尊敬する存在だったのに、ここでは「困った患者さん」なのか……。チューブを抜いてしまうため手を拘束されたようで、私はこれを見たくなくてそっと帰宅しました。

ケアプランを作成する際、現在の姿だけしか見ていないプランを立てると、本人や家族を苦しませてしまうかもしれません。初めて介護保険を受ける人には「定年後の生活に入るにあたって、仕事をしていたときの肩書にこだわると上手くいかないですよ」とよく言われますし、介護する側にとってはかなり対応に悩むこと。しかし介護看護従事者は、その人が歩んできた道を尊敬しなければならないものです。

「肩書にこだわらない」というのが、介護を受ける側の注意事項。これに対し、その方がどのように生きてきたのか考えて、いつも尊敬するというのが介護する側の注意事項ではないでしょうか。このことを、いつも考えていかないといい支援はできないと思います。

いきがいを見つけるということ

実家に戻ってみると、「健康・長寿のために」という種類の雑誌や、「認知症を防ぐ脳活性化パズル」などがたくさんありました。それまであまり食欲がなかったのに、最近は頑張って食べるし、「歩けなくなると困るからね」と散歩にいくようになったとも言います。これも、私が見てきた父の姿と少し違っていて驚きました。

何がきっかけで頑張り始めたのか。それは、恐らく「孫」(私の甥)の存在でしょう。甥が父の本棚から手に取る本は、父を喜ばせたようです。一緒に遊んだり、本に書かれていることを教えたり、とても可愛がっていました。そんな甥は、高校3年生です。彼がどんな道を進むのか見るために、もう少し頑張ってみようと思ったのかもしれません。

私はケアプランを立てるとき、なぜ「自立」を目指す、または現状維持をめざすプランを作らなければならないのが疑問でした。高齢なのだから、どのように「人生の終わり」を迎えるのかを考えたプランの方がいいのでは……と。しかし、もっと深くその人のことを知れば、最後の「いきがい」を見つける支援ができるかもしれない。そのとき、もっと積極的に動けるようになるプランをつくることが必要なのではないかと感じます。

好きなことを全てやり切ってから死ぬというのは、現実として難しいでしょう。しかしどちらにしても、看取りのプランは考えることにはなります。もう少し、やらなければならないことがあるのではないか。自分としては、もう少し考えたい課題となりました。

平等でありながら特別である

ケアマネジャーにとって、一つ一つのケースは平等に接するべく担当している仕事の一つ。しかし受ける側としては、「特別な人」と見てほしいと思っているものです。自分が介護現場で働いているのにこのような気持ちなるのだから、姉が「父は担当している人のうちの一人というのが残念」などと思っているのは、当然なのかもしれません。これは、施設で仕事をしていたときから、自分にとって最大の悩みの一つです。平等に接しながらも、しかし「あなたは特別」と感じてもらえるような支援が必要だと思っています。

暴れるほど嫌がっているチューブをつけたまま、「生きる」ことを父は望んでいませんでした。肺気胸と喉の腫瘍の手術をする体力はなく、父が苦しいこと、結果として亡くなる可能性も高い状態には変わりありません。しかし今の状態なら、本人は苦しまず眠るように亡くなるとのこと。

「それなら、手術はしないでこのまま眠って欲しい」

次の日の午前中、父は亡くなりました。人の一生を看取るのは、本当に大変で難しいことなのだと、改めて痛感します。

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