アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は社会に根付くか

  • コラム
  • 宮川明子
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アドバンス・ケア・プランニングは、「年齢と病期にかかわらず、成人患者と、価値、人生の目標、将来の医療に関する望みを理解し共有し合うプロセスのこと」とされています。つまり病や加齢によって、自分の生き方や死に方を周りと共有しておくことです。老いていくことを恐れ過ぎないようにするには、どうすれば良いのでしょうか。

誤った知識ばかりが広がっている現状

老後や障害に関して、さまざまな運動や試みがなされています。しかし実際にそれを知っているのは、福祉・医療関係者だけではないでしょうか。例えば高齢者の孤独死や介護疲れによる殺人などのニュースに接したとき、SNSでは一般に次のような意見ばかりが目立ちます。

「悲惨である」

「認知症になって他人に迷惑をかけないで死にたい」

「役に立たなくなったら安楽死することを認めて欲しい」 など

そして、「“安楽死”を許可する法律を作って欲しい」という声が多いのです。そのためニュースでは、介護保険を受けていれば起きない状態で起きた孤独死や介護殺人に関する事件記事について、「こういうときどうすれば良いのか」という知識を示して欲しいと思います。現在はどんなサービスがあるのか知らないまま、いきなり「安楽死を」という話になっているのです。

また、住み慣れた地域で介護を受けながら生活ができるように自宅へ帰しているということについて、在宅サービスの存在を知らないまま「福祉から捨てられた」と感じている方も多いでしょう。「あちこちに管をつけているような状態で入院させておくのは、病院にも何の恩恵もない」ということ。自分の意思に基づいて過剰医療を避け、苦しまずに最期を迎えるという選択肢が準備されているということを示すのが必要です。

私たちが思っているほど、社会福祉制度は知られていません。対して「生活保護を受けている人は働いてはいけない」「車もエアコンもだめである」という誤った知識が広がっており、本質的には何も知らず、むしろ事実に反する知識を持っているのが現実です。

若い世代は現状を見て、人生を諦めているかのように感じることがあります。苦しいだけの死を見ている人たちが、自分の将来を明るいものとして受けとめるのは難しいでしょう。それを防ぐために、若いうちからACPを行うことが必要だと思うのです。安心して死ねる保障がないと、安心して生きることはできません。「カレン事件」のようなこともありますから、若いうちにACPを経験しておくのも良いのではないでしょうか。

ACPは高齢者だけのものではなく、若いうちから自分の死に方をきちんと周知させていくことで、自分の人生を大切にしていくキッカケになるかもしれません。そう考えれば、例えば中学校や高校、大学などでの卒業・入学といった節目に、考えるような機会があっても良いと思います。

若者が安心して年を取っていけるように

ACPは医師が病状説明の際に行い、看護師やソーシャルワーカーがそれをフォローするという方法も考えられてもいるようです。しかしACPを行うために求められるスキルは、専任の心理職が必要なレベルでしょう。高齢者の場合、医師にとても気を遣っていて、なかなか本音が出せない人も少なくありません。また、患者が何気なく言ったことをしっかり受け止めるために、できるだけ患者や利用者と同じ場所にいて、信頼関係を築いていくことが必要です。

生き方・死に方について、本人の意思をくみ取るのは難しく時間がかかります。心理学のプロや研修を受けた人が患者・高齢者の希望を聞き、それが医学的に可能かどうか判断してもらう。そういうやり方で行ったほうが良いような気がします。

現在高齢者が陥っている状況は、どんな支援があるのか知らないまま、若い人たちを絶望させているだけでしょう。ACPも周知を徹底しないと、現場の自己満足で終わってしまいます。年を取るということは苦しんで死んでいくだけ…という恐怖が薄れ、安心して年を重ねていけるように。視聴率の高いニュースの合間などにでも紹介してもらうなど、「できる限り苦しまずに自分のやり方で亡くなるか」伝える方法があるということを、より広めていくのが大切だと思います。

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