介護者の社会参加に向けて必要なこと

2016(平成28)年の国民生活基礎調査の結果が公表され、高齢者世帯数が過去最多であることが明らかになりました。これを受け、塩崎厚労大臣が閣議後の記者会見で、「高齢者が社会の支え手として活躍できる環境」の必要性を改めて強調しています。しかし、こうした政府の方針に影を落としかねないのが、同じ調査の中で示された「介護者の状況」です。

要介護者世帯に押し寄せている老・老の課題

国民生活基礎調査における「介護者の状況」の調査は3年ごとに行なわれており、前回は2013年です。ちなみに、この3年の間に団塊世代が全員65歳を迎えたり制度の見直しが行なわれるなど、大きな転機が訪れています。

特に注目したいのは、要介護者のいる世帯の構造です。「単独世帯」および「夫婦のみの世帯」が過去最高に達し、両者の合計は初めて5割を超えました。「単独世帯」の一部には、世帯分離などが行なわれている可能性もあります。しかし、「高齢夫婦世帯」の伸びが顕著な点からしても、身近な家族による介護力が限界を迎えつつあることが推測されます。

つまり、高齢者に「社会の支え手として活躍する」という状況を望んだとしても、その活力の多くは「配偶者(あるいはさらに高齢の親)などの介護」といった内向き事情に向かわざるを得ないわけです。「社会の支え手」のみならず、高齢者の就業促進という施策においても大きな壁となってくるでしょう。

介護者が「自分の人生」を大切にできる条件

政府は「一億総活躍」をうたっています。しかし、当たり前のことですが、人が社会で前向きに活躍するには、その人自身の生活の中にある課題がきちんと解決されていることが必要です。解決の道筋が整っていないのに、「仕事や地域活動などの舞台で存分に活躍してください」などと言っても、「そんな余裕などない」となるのが自然な流れでしょう。

ケアマネも、利用者の家族に対してこんな言葉をかけた経験はあると思います。「ご家族の介護に力を注ぐご意思は尊重しますが、ご自身の健康や人生を大切にすることも介護者の務めとお考えください」といった具合です。

ここで言う「務め」とは、家族に「自身を大切にしてもらう」ことはが、燃え尽きによるネグレクトなどを防ぎ、結果として利用者の生活の質の向上にもつながるという意味を含めています。しかし、上記のような言葉を家族の心に届かせるには、当事者側の不安と混乱をきちんと理解し、「支援者との二人三脚」でその不安・混乱を払拭することが必要です。

「家族は要介護者のことに気をもまず、私たち専門職に任せてくれればいい」という姿勢だけでは、当事者目線に立つことにはなりません。そうなると、家族にとっては「(ケアチームの中で)役に立っていない自分」への焦りが強くなり、家族介護に入れ込むことでの自分の存在意義を確かめる心理が強まります。

そうした中では、「自分の人生を大切に」という言葉も空しく響くことになるでしょう。ケアマネとしては、家族の役割意識を尊重したうえで、「あなたがここまで頑張ってくれたから、私たちもこれだけの支援ができる」という評価を意識的に行なうことが必要です。

介護保険が果たしてきた貢献度の再評価を

国の施策にも同じことが言えます。

どんな統計を見ても、「介護保険財政の悪化は、利用者事情(高齢化の進展や軽度者の介護保険依存など)にある」という分析が先行しています。しかし、介護保険があればこそ、高齢者の年金生活は破たんせず、働きながらの介護も可能となって国の歳入増・歳出減にも貢献してきた点は多分にあるはずです。

その点への評価がきちんとなされなければ、「よほどのことがない限り、介護保険は使ってはいけないもの」という社会認識が生じかねません。これがエスカレートすると、国民にとって「介護保険に頼らないこと」(自助というより、家族が疲弊するまで介護にのめりこむ内向き選択)がスタンダードになる可能性もあります。まさに「介護者が自分の人生を尊重する余裕」がなくなるわけです。

これにより、高齢介護者の社会参加が進まなければ、厚労大臣の言う「高齢者が支え手となる社会」など実現すべくもありません。高齢者の就業なども阻害される点を考えれば、歳入抑制にもつながり、政府の施策方針そのものが財政悪化を招きかねないわけです。今こそ、17年間の「介護保険の再評価」をしっかりと行なうことが最優先課題でしょう。

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