母、そして父の捜索を通じて感じたこと

  • コラム
  • 宮川明子
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土曜日の夕方、父が住んでいるマンションの管理人さんから電話が。「今朝の新聞をまだ取っていないけど、何かあったのでは?」と、お隣の方が知らせてくれたようです。この方は母と仲が良かったこともあり、いろいろ目をかけてくださっていました。驚き慌てて家に行ってみると、そこに父の姿がありません。布団に寝た気配もなく、いつも行っている碁会所にも訪れていませんでした。この状況に真っ青な状態。「何かあったのか…」結局警察に届けを出し、行方不明者の捜索開始となってしまいました。そんな捜索で感じたことをご紹介します。

父を発見、しかし新たな心配が

父の行方が分からない。まず警察が搬送した人の中に該当者がいないか消防に問い合わせてみると、「あり」との連絡がきました。見つかった…けれども、なぜ救急車に?搬送先の病院に連絡したところ、次のような回答でした。

「大丈夫だと思いますが、頭を打っているので念のため検査した」

一安心…ですが、新たな不安が。

鼻を怪我しているが、他は異常なし。迎えに行き、診てくれた医師にお話を伺い、薬を受け取って帰宅しました。これは、やはりGPSが必要です。

これまでも、携帯のGPS機能を使おうとは考えていました。しかし、父は持ち歩いてくれなかったのです。しかし小さい丸型のGPSは、きちんといつもの鞄に入れてくれています。もう、使わなくてすみますように。

行方不明をキッカケに衰えを知る

亡き母がまだかなり元気だったとき、「友達のところに行く」と言ったきり戻ってこなかったことがありました。駅や警察に電話して確認したのですが、範囲が広過ぎて途方に暮れ、SNSに「母が帰ってきません」と書き込み。そのすぐ後に「どんな格好をしていますか? 私はその辺りが庭みたいなものだから、探しに行きます!」と返信してくださった方がおり、涙が出ました。都会だって、そんなに冷たくもないのです。結果的には、遅くなってから自力で帰ってきました。

「自分は介助業務して支援計画考えているのに、何で気づかないの?」

と思われるかもしれません。しかし家族は、意外と両親の衰えに気づいていないものです。このときは警察やSNSでの返信で、「一人で行かせるなんて」と叱られてしまいました。この事件によって母が自分で動けなくなったことを受け入れなければならず、これは非常に辛いことでした。ケアマネジャーにとっては「介護度が上がる」ということですが、家族にとっての辛さは、よく認識しないといけないと感じました。

そして、現在は認知症になってしまっていても、元気なときの姿を書類に書くだけでなく、その方の人生としてきちんと尊敬しなければならないということも。聞き取りのとき、最近できなくなったことや現在の様子などを話しながら、

「仕事をしっかりしていて、自慢のお母さんだったのに…」

「お父さんは頭が良かったのに…」

と思うと、本当に悲しく切なさを感じました。

父と母の捜索を経て分かったこと

あちこち問い合わせたときに分かったことの1つ。それが、「現金はたくさん持たない方が良いのではないか」ということでした。

施設で働いていた際にも、何人か戻れなくなった方がいました。しかし見つかった要因の一つとして、「交通費や飲食費を払えなかった」ということが多かったのです。もちろん、本人にとっては恥ずかしいことだと思います。そのため賛否両論あるでしょうが、例えば「飲み物は買えるけれども、交通機関は使えない」程度が良いように感じます。

また、警察の方が「服のどこかに名前と連絡先が書いてあると、すぐに保護できるから」と言っていました。これを受けて、今は下着や服の目立たない場所へ、せっせと記名しています。

行方不明になったままの方が多い中、見つかったのは本当にラッキーなことでした。いろいろな年齢層の人が暮らしていて、ご近所付き合いもあり、どんな人がいるのか分かっている。そんな地域の力、そして大切さも知った経験です。地域作りも、高齢者のケアとして大切な仕事の一つですね。

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