ベッドからの転落事故はなぜ起こる?

老人保健施設に入所していた認知症の利用者が、ベッドから転落死した事件に関して、遺族側の損害賠償を求める主張が認められました。この利用者は病院に入院中にも「ベッド柵を乗り越えてケガを繰り返していた」といいますが、認知症の人の「ベッド柵乗り越え」の事故は過去にも多くの事例が報告されています。今後、同様の事故を防ぐうえで大切なことは何かを考えてみましょう。

まず、認知症の人が「ベッド柵を乗り越え」たり、「ベッドの上で立ち上がったり」するのはなぜでしょうか。これは、認知症によって短期記憶が損なわれていることと、見当識が衰えていることが大きく関係しています。

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まず、短期記憶が損なわれている場合、「ベッドで寝る」という直近の習慣が本人の中で失われている可能性があります。それ以前の古い習慣、つまり「床布団で寝る」ことが本人にとっての唯一の就寝スタイルであることも多く、ベッドを利用することは極めて異例の環境に置かれることになるわけです。

そのうえで、見当識が衰えていると、施設のベッドで就寝しているという理解が及ばなくことがあります。特に夜間目覚めたときなどは、周囲の状況を把握することは一段と難しくなってくるでしょう。本人の中で「身に覚えのない環境」に置かれていれば、「とりあえずそこから離れよう」という意識が生じます。そこで、「まずどうすればいいのか」を考えたとき、(そこがベッドの上だという見当識が衰えているゆえに)ベッド上で立ち上がるという行為に出ることも十分考えられます。

加えて、ベッドから下りる手順が認知されていない場合、下りるために「柵を乗り越える」という行動を起こすこともあります。身体拘束に対する規制が今ほど厳しくなかった時代に、ベッドからの転落防止のために四点柵を設けていた施設がありました。そこで起こったことは、認知症の人が「四点柵による一種の閉じ込め」に恐怖を感じ、それを乗り越えようとして転落してしまったケースです。(身体拘束が、むしろ重大な事故を呼び起こすという典型的なケースといえます)

こうした状況を考えたとき、事故を防ぐために欠かせない3つの基本が浮かびます。1つは、認知症の人の心理状況を「認知症ケアのプロ」としてしっかり理解すること。2つめは、その人の過去の生活習慣をアセスメントしたうえで、短期記憶が損なわれるとどのような習慣が「本人にとって自然なもの」になるのかを把握すること。3つめは、現状や直近の本人の行動をとらえたうえで、どのようなリスクが生じるのかを予測することです。

今回のケースでは、家族側から「入院中に起こったこと」について、事前に情報提供がなされていたといいます。これはリスク予測を行なううえでも貴重なポイントであるとともに、家族とのコミュニケーションを深めていく入口ともなります。例えば、相談員や施設ケアマネがこの部分でしっかりと対応する(例:情報提供をしてもらったことが、施設にとっても大変ありがたいことであるという意思を示すなど)ことで、家族側との信頼関係を築くきっかけにもなります。

しかしながら、上記3つのポイントがなかなか実践されていない現場も見受けられます。その多くは、目の前のことに対応するのが精一杯となり、職員は先の見えない状況の中で疲弊しがちです。当然、現場の集中力は衰え、さらに事故が増えるという悪循環におちいることになります。組織のトップがしっかりと現場をマネジメントできるか否かが、やはり事故を防ぐ大きなカギといえるでしょう。

(福祉ジャーナリスト 田中 元)

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