釈然としない自宅待機ルール緩和

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新型コロナ禍による介護人材不足が、ますます深刻化しています。その状況下、8月18日、日本医師会や全国老人福祉施設協議会など、医療・介護7団体が連名で厚労大臣あてに要望書を提出しました。「新型コロナウイルス感染症における濃厚接触者となった医療従事者、介護従事者の就労要件について」です。

第5波の猛威で事業継続はますます困難に

すでに厚労省は、医療従事者について「濃厚接触者となった場合の自宅待機ルールの緩和」を打ち出しています。8月18日の改正通知では、新型コロナウイルス感染症対策に従事する医療従事者のみならず、「代替え困難な医療従事者」まで緩和を拡大しました。

今回の7団体の要望書のうち、医療従事者にかかる緩和は条件付きで図られたわけですが、今後はここに「介護従事者」が含まれるかどうかがポイントとなります。

すでに、新型コロナウイルス感染症における第5波の急拡大により、介護現場でも濃厚接触にともなう自宅待機者が急増しています。施設・居住系、通所系のみならず訪問系でも、対応する従事者の不足によってサービス提供が制限されるなど、これまでにない「事業継続の困難」に直面しています。

ちなみに、全国自治体では人材不足に対応するための応援職員派遣の調整事業を実施していますが、一部地域で派遣可能人員が夏場から頭打ちになる状況も見られます。現状で人員派遣が追いつかない事態も想定される中、今回のような自宅待機ルールの緩和を求める流れはますます強まることになりそうです

「隠れ濃厚接触者」はすでに生じている?

ただし、今回のような人員不足対応に向けたルール緩和について、従事者視点では釈然としない人もいるのではないでしょうか。

確かに緊急事態下では、あらゆる対応を総動員することが必要です。とはいえ、感染症下で一般の人々に適用されているルールを緩和するとなれば、当事者(現場の従事者)としては「本当に自身や利用者の安全が保障されるのか」という疑心暗鬼は付きまといます。

疑心暗鬼となりがちな背景は、以下のような事情もあります。今年6月に衆議院で提出された質問主意書ですが、「ある施設で感染者が確認され、その人と濃密に接触していた者であっても、感染者当人がマスク等を着用していた場合に『濃厚接触者に該当しない(行政検査の対象とならない)』とするケースが多数見られた」と指摘されています。

対する国側の回答は、すでに昨年の8月に「感染多発地域における(濃厚接触者に限定しない)関係者への幅広い行政検査を実施する」旨の要請を出しているというものでした。しかし、現場によって指摘されるケースが多数生じているとなれば、事業所・施設単位でいわゆる「隠れ濃厚接触者」という状況が今も発生している可能性はあります。

事業者団体として、同時に果たすべき責務も

今回のルール緩和の要請は、少なくとも抗原検査等の徹底を進めるという効果はあるかもしれません。しかし、一方で「ルール緩和」のアナウンスにより、かえって緩和要件のルール(ワクチン2回接種や抗原検査等の実施など)遵守を一部で緩ませる懸念も付きまといます。目前の人員確保に追われ、現場での感染拡大という危機を十分に見すえられない事業所・施設もある中ではなおさらでしょう。

となれば、今回のような要望書を出すのと同時に、事業者団体の責任をもって「全事業所・施設のルール厳守を徹底させる」ための方策を打ち出すべきではないでしょうか。有料老人ホーム関連などは今回の団体に含まれていませんが、同じ介護分野としてネットワークへの取込みを図る必要もあるでしょう。

また、「現場従事者とのコミュニケーションをどこまで図ったのか」も問われます。そのコミュニケーションを通じて、「今回の要望書と同時並行で、より強い現場への補償や人材確保策を国に求めていく」という行動が望まれるからです。それがなければ、「事業者・施設にとって自分たちは本当に大事されているのか」という確約は得られません。

緊急事態宣言の間に国は何をなすべきなのか

緊急事態下では医療・介護人材の確保が最優先であり、今回のような「就業にかかる各種ルールの緩和」はあくまで対症療法に過ぎません。つまり、「対症療法」を行なうのなら、同時に「根本療法」にかかるビジョンを同時に示していかなければ、現場にとってバランスのとれた対策とはなりえないわけです。

この点について、そもそも国の対応は常に後手に回ってきたのではないでしょうか。そもそも緊急事態宣言というのは、その間に「国民生活・経済への影響が最小となる」ように国や自治体が必要な措置を講ずることが目的です。宣言によって国民に「我慢を強いる」ことが本筋ではなく、その間に国や自治体が「何をするか」が問われるわけです。

確かに、1回目の宣言以降、介護職への「慰労金」などの包括支援事業や新たな介護人材確保事業などは設けられました。しかし、「慰労金」は依然として1回限り、新たな人材確保事業も、今の情勢下で「人を集めて戦力化する」には弱さが目立ちます。

今回は「対症療法」でしのぐしかないとしても、その間に追加的かつ思い切った介護人材確保のビジョンを打ち出すことが必要です。それ自体が現場へのメッセージとなることで、初めて、今回のルール緩和を現場従事者が納得して受け入れる土壌となるはずです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。