従事者による暴行等の背景に何が?

f:id:testcaremane:20210823145030j:plain

今年に入り、施設等での介護従事者による暴行事件などが相次いでいます。もちろん、いずれもごくまれなケースであり、業界としては「大多数の従事者は良識をもって利用者と向き合っている」と強調したいところでしょう。とはいえ、これだけのケースが報道される中、「そこに構造的な問題はないのか」を社会全体で考える必要も高まっています。

故意の「下剤投与」は、傷害罪・暴行罪に

まず、ニュースに上がっている「介護職員がGH入居者に下剤を飲ませていた」という事件ですが、加害者が行なった行為について少しコメントしておきましょう。この事件は、GH側に「一定期間の利用者の受入れ停止」という行政処分が下されましたが、一方で加害者は刑事罰に問われる可能性があります。

「下剤」といえども、基礎体力や栄養状態が低下しがちな要介護者には、身体的に大きなダメージを与えることがあるのは言うまでもありません。少なくとも、故意による下剤投与により、下痢など消化器官の通常の働きを阻害したとなれば、それだけで刑法上は「傷害罪(15年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金)」に問われます。

また、仮に「下痢」などの症状が現れなくても、「下剤投与」という行為だけでも刑法上は「暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金等)」が適用されます。

障害・暴行に至らせないリスクマネジメント

「下剤」については、一般での市販薬も多数あります。その点では、「手軽に入手できるもの」でしょう。問題は、それ以外の処方薬なども入居・入所施設で「利用者に処方されたもの」が身近にあるという点です。現に誤薬事故なども発生している中では、事業所・施設として厳格な管理が要される課題です。

この管理にすき間が生じれば、仮に「魔が差した」という状況があったとして、加害行為へのハードルが低くなります。もちろん、「魔が差した」と言っても加害者に「悪意」があることに違いはありません。ただし、現実の「犯罪行為」に着手してしまうか否かでは、その後の結果に大きな差が生じます。

いったん「犯罪行為」が発生すれば、今回のような行政処分が下されるほか、地域からの信頼は大きく損なわれます。そこで働く他の従事者に向けられる視線も厳しくなる可能性もあり、「働きづらさ」も増しかねません。

 その点では、ごく少数の悪意ある人を排除することは困難でも、「現実に犯罪行為に着手させない」あるいは「魔が差すという心理状況に至らせない」ことが重要になります(「一線を越えさせない」という状況を継続できれば、その間に悪意ある人が現場を去る可能性もあります)。つまり、組織としてはリスクマネジメントの考え方が欠かせないわけです。

リスクマネジメントに性善・性悪は関係ない

従事者による犯罪行為を防ぐうえで、「リスクマネジメント」という発想に違和感を持つ人もいるかもしれません。「性悪説」に立つ印象が強いゆえに、現場従事者との信頼関係を重視する立場からすると、「彼らを疑うことから始まる」と考えがちになるからです。

しかし、この場合のリスクマネジメントは、人の「性善・性悪」とは関係ありません。大切なのは、働く人の心理状況を「悪い方向」に追い詰めないことです。ここで言う「悪い方向」とは、広い意味で「メンタル面の悪化を招く」ことです。それによって、集中力の低下からミスを増やしたり、自己嫌悪によって労働意欲を喪失することもあるでしょう。その一端として、悪意の人の一線を越えた行動を誘発することにもつながるわけです。

言い換えれば、リスクマネジメントとは、現場従事者が適正に働ける環境づくりをほどこすことです。先の処方薬の話でいえば、管理業務を特定の人に過剰に押し付けるのではなく、ハイテク化や多職種チームの編成などで「心理的・物理的な管理のすき間」が生じないような環境づくりが重要になります。

改定直後の「虐待事例」の跳ね上がりに注意

もっとも、こうしたリスクマネジメントは、1つの現場だけで取り組むのには限界があります。介護事業の場合、適正な環境づくりを継続しようと思っても、外部要因によって振り回されるケースが多いからです。

たとえば、制度が大きく変わったり、新型コロナ禍や自然災害などで「対応するべき実務」が一気に増えれば、個々の現場従事者の(公式・非公式を含めた)職務範囲が揺れ動かざるをえなくなります。従事者が平常を保てなくなれば、それまでの管理手法などが機能しなくなることも多いでしょう。

ちなみに、近年の高齢者虐待の実態調査を見ると、従事者等による虐待の通報・判断件数が跳ね上がるタイミングがあります。直近では、2015・2018年度の報酬・基準改定です。このデータからは、「制度が変わった」という外部要因が「従事者等による虐待」の動向とかかわっている可能性が浮かんできます。

2020年度の新型コロナ禍、あるいは2021年度の報酬・基準改定後の調査結果はこれからですが、仮に外部要因との連動が深いとなれば、今まで以上に注意が必要でしょう。特に、2021年度改定での多岐にわたる人員基準の緩和等の影響は気になるところです。

国としても、「リスクマネジメント」の観点から、現場運営が正常な環境を保持できているのかどうかを精査する必要があります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。