高齢者の地域安全がますます重要に

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消費者庁が、「自動ドアによる事故」についての原因調査報告書を取りまとめました。医療・福祉施設での多発や、被害者が高齢者にもおよぶことから、厚労省も介護保険関連団体等に対して、今回の報告書にかかる周知を求めています。これを入口としつつ、高齢者の地域生活における安全確保について考えます。

消費者庁の自動ドア事故の報告で考えること

今回の消費者庁の報告書によれば、今回の自動ドアによる事故において、高齢者では「ぶつかる事故」が目立っています。

高齢者の場合、歩行機能が低下すると自分の足元や進行方向に注意が集中しがちです。結果、ドアの開閉状況に気が回らなくなることがあります。また、視覚障がいや認知症によって視野が狭くなっていれば、やはり「ドアが十分に開閉したか否か」の確認が不十分となり、戸先にぶつかる可能性も高まります。

介護施設・事業所であるなら、こうした高齢者の特性に配慮したうえでの構造やセンサーの調整などを行なう必要があるでしょう。ただし、医療・福祉施設での事故も多いとはいえ、全体の2割にとどまります。それ以上に多いのは商業施設(43%)で、金融機関も20%と医療・福祉施設と同じ割合です。

こうしてみると、幅広い地域生活の中で事故の危険が高いことになります。介護現場では、利用者と一緒に商業施設に買い物に行くといった機会も多いでしょう。その場合、事前に行き先となる商業施設に職員が足を運び、「本人にとっての危険個所」をチェックすることも必須となります。自動ドアがある商業施設であるなら、その「開閉状況」などもチェックしておくことが求められるでしょう。

公共への参加が介護保険でも重要テーマに

商業施設(スーパーなど)での買い物というケースをあげましたが、介護保険では、広く地域を見すえたうえで「社会参加を支援する」という流れが強まりつつあります。

たとえば、通所リハの生活行為向上リハビリでは、社会適応能力(参加)の向上に向けて、「利用者が利用する店での買い物や金融機関、公共交通機関の利用などの生活環境への適応練習」などが、基本的な考え方として示されています(2015年の厚労省通知より)。

こうした考え方は、通所介護の個別機能訓練加算にも反映されつつあります。今改定で、個別機能訓練加算llでは「個別機能訓練項目」についてのLIFEへのデータ提供が要件となりました。そのデータ提供では、ICF(国際生活機能分類)にもとづいたコード表を用いての入力が求められています。

そのコード表の中には、「交通手段(タクシー、地下鉄、バスなど)の利用」や「代金を支払い、日々の生活に必要な物品とサービスを入手すること」、「美術館、博物館、映画、演劇に行くこと」なども含まれています。以前から「参加」にかかる考え方は提示されてはいましたが、LIFEへのデータ提供を通じてより強い意識づけが図られたことになります。

今後の改定で「実地訓練」への評価拡大も⁉

現状では、新型コロナ禍による外出自粛などによって地域参加の幅を広げることは難しいかもしれません。しかし、国は長年にわたって、「地域参加」に焦点を当てた高齢者の自立支援策に力を入れています。医療で「社会的処方」という考え方が登場したことを見ても、施策としての流れは根強く続いています。

少なくとも新型コロナ禍がおさまるタイミング(たとえば次の2024年度改定など)で、この「参加」に向けた取組みの強化が多くのサービスで図られる可能性があります。そうなった時、居宅・事業所・施設内での訓練はもとより、地域に出向いての「実地訓練」も今以上に増えていくことが考えられます。

その場合、地域のさまざまな公共スペースでのバリアフリー状況がどうなっているか、地域に出向いた場合の利用者の安全が十分に確保できるのかといった視点が求められることになるでしょう。つまり、介護事業者として、「居宅・事業所・施設内」だけでなく「地域の環境」についても常日頃からの情報収集や、それを想定したケアのあり方を考える必要性も高まってくることになります。

地域環境に精通することが事業者の価値に

介護事業者の「質」をどこでチェックするかは今も昔も大きなテーマですが、1つの視点として指摘されるのは、「その事業者が(事業所外の)地域の環境やネットワークのことをどれだけ知っているか」という点です。

このことは、利用者の「していた生活」に対してのイマジネーションを広げる大きな力となります。地域のことをよく知っているほど、利用者の生活意欲を高めるためのヒントに幅広く気づけることになります。

また、自然災害が多発している中で、いざという時のその人の安全確保について、「地域のことをよく知っていること」がカギになるのは言うまでもありません。地域で「知っていること」の蓄積が、さまざまな支援ネットワークの間でも「介護事業者の存在価値」を高めていく大きな力となるでしょう。

今回の消費者庁の報告書はもとより、国土交通省が作成している認知症がある乗客や新型コロナ禍を想定した接遇ガイドラインなど、地域の安全のために他省庁でもさまざまな取組みを行なっています。こうしたものを研修素材として使いつつ、地域環境を見つめる目を鍛えていくことも必要な時代といえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。