介護医療院の今後を左右するもの

介護医療院が誕生して、まもなく3年半が経過します。今年3月末時点での施設数は572、療養床数は3万5,442にのぼっています。その1年前と比較して、前者・後者ともに約1.6倍前後の伸びとなりました。2023年度末の介護療養病床廃止までに、介護医療院は必要数の整備が確保されるのでしょうか。

介護医療院の今後を左右するもの

2020年3月からの伸びを後押ししたのは?

冒頭で、1年前との比較において約1.6倍前後の伸びと述べました。ただし、過去半年では約5%前後の伸びにとどまります。2020年3月から6月に至る3か月だけで約50%伸びている状況を考えると、その後の伸びが急速に鈍化している点に注意が必要です。

その約50%の伸びを後押しした要因はいろいろ考えられますが、大きなものの一つは2020年度の診療報酬改定でしょう。

介護保険サービスである介護医療院の伸びで、なぜ診療報酬がかかわってくるのか──と思われるかもしれません。それは、介護医療院に移行する前の病床に、診療報酬が適用される病床(医療療養病床やその他の病床)が含まれているからです。

ちなみに、今年3月末時点での転換元の施設数(複数施設が統合して転換するケースがあるため、それら複数施設も含めた合計)のうち、約25%が医療療養病床やその他の病床という診療報酬適用の病床となっています。

診療報酬の療養病棟入院基本料見直しに注目

これだけ診療報酬適用の病床からの移行が多いとなれば、先に述べた診療報酬改定の影響が大きいことはお分かりになるでしょう。では、2020年度の診療報酬改定で、どのような見直しが行われたのでしょうか。

注目したいのは、医療療養病床にかかる診療報酬のうち、ベースとなる療養病棟入院基本料です。この療養病棟入院基本料を算定するには、一定の医療区分を満たす患者割合や看護配置が求められます。これを満たせない場合には、経過措置が設けられたうえで報酬が減算となります(2018年度改定より)。

2020年度の改定では、この経過措置の一部(注12の規定)が廃止となり、残された経過措置の基本料(注11の規定)についても減算がさらに強化されました。当然ながら、医療療養病床の一部に「転換をうながす」流れが強まることになったと思われます。

医療病床からの参入拡大で介護保険財政は?

さて、診療報酬が適用される病床からの移行が進む流れが強まるとすれば、気になるのは「医療保険の適用部分が介護保険に移行することで、介護保険財政が圧迫されるのではないか」という懸念が高まることです。

実際、2019年末の介護保険部会の取りまとめでは、「事前に見込まれていない医療療養病床からの移行により、各保険者の介護保険財政に影響をおよぼすおそれ」が指摘されました。これに対し、厚労省は「財政安定化基金」の活用にかかる特例を定めました。

ご存じのとおり、財政安定化基金というのは都道府県に設置された基金で、そこから保険者に貸付が行われます。貸付が行われるのは、保険者が作成する介護保険事業計画の見込みに対して、実際の給付が発生して会計上に不足が生じることになったケースです。

ちなみに、貸付を受けた保険者は、次の計画期間において65歳以上の人の1号保険料を財源として返済しなければなりません。そのため、貸付を受けた次の事業計画期間では、返済のために1号保険料が高額になります。 たとえば、第8期に医療病床から介護医療院への移行が一気に増えれ

ば、次の第9期の保険料が大幅に上がるわけです。第9期は団塊世代が全員75歳以上となる2025年に到達するため、介護保険側のみの事情でも地域のサービス確保量が増える可能性は高いでしょう。そこに基金への返済が重なれば、保険料の増大は非常に厳しいものになります。

厚労省は財政安定化基金に特例を設けたが…

そこで、この基金への返済のしくみについて特例が定められました。具体的には、第8期と第9期に限って返済期間を3期に分けるというものです。第8期に貸付を受けたとすれば、返済は2032年度末までの第9期から11期までの3期で分割されるわけです。

この特例については、改正省令が今年3月に公布され、今年8月からの施行となります。もともと介護医療院は総量規制の対象外となっているため(第8期についても延長)、これによって地域での「介護医療院への移行」を円滑に進めることが目指されています。

ただし、1号保険料の急上昇が緩和されるとはいえ、「医療保険からの参入による介護保険財政への圧迫」という根本的な課題が解決されるわけではありません。

今回の見直しによって、今年度後半からの介護医療院の確保スピードはある程度上がるとしても、今後の介護保険制度のあり方をめぐる議論を左右する可能性は残ります。つまり、医療保険からの「付け替え」によって、介護保険の他の部分への「適正化」のしわ寄せが強まる流れは継続するわけです。 次の報酬改定(2024年度)で「介護報酬が引き下げられる」という観測も出ていますが、そこに医療側の事情がどこまで影響しているかを見極める必要があるでしょう。新型コロナ対応や2022年度の診療報酬改定も含めて、注意を払っていきたいポイントです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。