人材確保策に「焦り」はないか?

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全国社会福祉協議会・中央福祉人材センターの統計によれば、2021年1~3月期の福祉分野の有効求人倍率は4.01。依然として人材不足は深刻です。国は新規分も含めたさまざまな介護人材確保策を打ち出していますが、どこまで効果が期待できるでしょうか。

介護分野就職支援金貸付の2つのパターン

2021年度予算枠で設けられた介護人材の参入促進策で注目されるのは、やはり「介護分野就職支援金貸付事業」でしょう。他業界で働いていた人が介護分野に就職する際にかかる経費(転居費など)にあてることを目的として、上限20万円の支援金を貸し付けるものです。2年間、介護職員として継続従事すれば、全額返済免除となります。

この制度の要件周知にかかる事務連絡が、7月20日に出されました。それによれば、以下の2つのパターンでの活用を可能としています。(1)「公的職業訓練機関における介護初任者研修等を修了」→「その後に就業」というケース。(2)「まず就業」→「現場に従事しながら初任者研修等を修了」の場合です。

厚労省が当初に示したスキームでは、(1)が示されていました(都道府県や職能団体の告知を見ても、多くは(1)の表示のまま)。厚労省としては「路線変更」というわけではないのでしょうが、周知までのタイムラグを含めて混乱が生じる懸念もありそうです。

職業訓練受講給付金を活用する場合には?

もちろん、適用範囲が拡大されることは、「使いやすさ」が広がるという点でメリットはあるでしょう。一方で混乱しがちなのは、「先に初任者研修等を修了する」ルートをとる場合に、たとえば雇用保険を受給できない人(フリーランス等)が職業訓練受講給付金を受けるケースとの兼ね合いです。

この職業訓練受講給付金は、月10万円の生活支援金が受給できるしくみです。ただし、親や配偶者と同居したり、兼業・副業のために働きながら受講するなど、「一定の収入がある」場合には給付対象外となります(要件を満たさなくても、研修費用は無料となる)。

ちなみに上記の収入要件ですが、本人収入で月8万円以下、世帯全体の収入が月25万円以下となっています。なお、前者については、新型コロナ禍の特例として「固定収入8万円以下の人」について、収入要件を12万円以下まで引き上げる措置がとられています(今年9月30日までの時限措置)。

いずれにしても、先の(2)のパターン(「まず就業」→「現場に従事しながら初任者研修等を修了」)をとった場合、兼業・副業で介護現場に従事するといったケースなどを除けば、固定収入8万円超となる可能性は高くなります。職業訓練受給給付金は受けずに、現場従事で生活費を得ることになるわけです。

未経験者が「働きながら学ぶ」ことの大変さ

月10万円の給付をあてにするより、現場で働いて実務を覚えつつ、給与をもらいながら初任者研修等を受講する方がメリットは大きい──と思う人も多いでしょう。確かに、選択肢が広がるのはいいことです。注意したいのは、その選択が「本人にとってのこれからの職業人生」に資するかどうかです。

たとえば、基本的な研修をほとんど受けていない人がいきなり就業するとなれば、どうしても現場になじむまでのハードルは高くなります。しかも、働きながら学ぶとなれば、同僚等による一定のサポートも必要でしょう。

問題は、新型コロナ禍に加え、2021年度改定で現場実務が大きな変革に直面していることです。組織マネジメントがよほどしっかりしていないと、現場の余裕も大きく損なわれている可能性が高くなります。

そうした中で、右も左もほとんどわからない状態の人をきちんと受け入れて育てていけるのかどうか。2年勤務という返済免除に向けた要件はあるものの、介護福祉士を取得するなど一定のキャリアステップを踏むまでの道筋は決して平坦ではないでしょう。

現場に新たな疲弊要因が生まれる懸念も

「これまでも無資格・無研修で参入してくる人はいたから、事情は同じ」と思われるかもしれません。しかし、今回は新たな施策が絡むことで、一定の「誘導路」が築かれています。施策効果の程度はあるでしょうが、新たな人材を受け入れるすそ野は広がるわけです。

となれば、受入れる側の体制をいかに整えるかについて、組織トップがどれだけ明確なビジョンを持つかが問われてきます。それがないと、人を受け入れ育てる側の現場の負担はかえって増し、新たな疲弊要因となりかねません。気になるのは、厚労省が今回のような通知を唐突に出したことで、「短期間に参入人材の頭数を増やし、数字上の施策効果を上げる」ことへの焦りが見え隠れすることです。

恐らく、厚労省もそのあたりは分かっているのでしょう。だからこそ、今回の通知内のスキームに、「人材確保等支援助成金」などを追記してきたと思われます。しかし、施策枠が整理されずに膨らむことで、かえって使い勝手が悪化している感もあります。

厚労省内のある検討会では、「役所側が伝えたい情報」よりも「利用者から見てわかりやすい情報」が大切という意見が目を引きました。今回のさまざまな人材確保策も、真に「現場が受け入れやすいもの」となっているのかどうか、検証の強化が求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。