環境激変に見合った処遇調査を

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6月28日に開催された介護給付費分科会で、「令和3年(2021年)度介護従事者処遇状況等調査の実施」をめぐる調査項目等の案が示されました。今調査では、介護従事者の処遇についてさまざまな環境変化などを加味する必要があります。そうした点を含め、処遇状況等の調査のあり方を考えます。

注意すべきは体制確保のためのコストねん出

2021年度改定では、処遇改善にかかる見直しとして、介護職員処遇改善加算(以下、処遇改善加算)の要件や特定処遇改善加算の配分ルールの見直しが行われました。ただし、全体の加算割合は変わっていません。

もちろん、基本報酬の引き上げや新加算や新区分の創設によって、ベースとなる所定単位数が引き上げられれば、実質的に算定単位数のアップにつながります。ただし、新加算等の算定に向けて、体制確保にかかるコスト等との兼ね合いなども無視できないでしょう。

毎度のことながら、法人規模によって「体制確保のためのコストねん出」が左右され、処遇状況に格差が生じる可能性はあるわけです。このあたりの実情を、調査結果からいかにくみ取るかが大きなポイントとなります。

加えて今回は、処遇改善加算lV・Vが廃止されました。廃止を受けて上位区分への移行を円滑に進めるには、やはり要件を満たすための体制作りが可能かどうか問われます。

特に今回は、職場環境等要件の区分が増えた分、ハードルが上がっています。たとえば、「生産性向上のための業務改善の取り組み」については、ICT関連をはじめとする新たな初期投資が必要な場合もあるでしょう。

今改定で「起こりやすく」なっていること

こうして見ると、処遇改善加算(特定含む)そのものが「どこまで効果を上げたか」を推し量る検証は難しさを増しています。

もともと現場のマンパワー不足が深刻化する中では、一定のスキルを有する中堅職員を中心に「(他業界も含め)法人間の人材の争奪」が起こりやすい状況にあります。

加えて今改定では、BCP作成やハラスメント対策などの基準改定および科学的介護の推進等により、現場マネジメントのハードルが一気に上がりました。一定の即戦力クラスにかかる人材ニーズは高まりやすくなり、今調査でも「特定の職員層において賃金が大きく上がる」という可能性はあるかもしれません。

もっとも、仮にそうなったとして、給与額等のアップは「(資力のある)一部法人」の「一部の人材」へと今まで以上に集中しやすくなります。チームケアへの影響を考えて、「職員間の賃金格差はできるだけ抑えたい」という現場風土もありますが、今改定でのマネジメント量の増加という中では「中途半端な均衡は保てない」となりがちだからです。

処遇改善加算の効果はますます読みにくく

その結果、以下の2つの状況が著しくなってくることが考えられます。1つは、組織内における細かい役割ごとの賃金格差が広がり、単純な資格・職種ごとの「平均賃金」の動向に焦点を当てることの意味が乏しくなっていくこと。もう1つは、不可欠な人材の引き留めのために、処遇改善加算等の範囲を超えた(小規模事業所では経営資力を超えた)コストをあてるケースも増えかねないことです。

先に述べたように、ただでさえ処遇改善加算等の効果は読みにくくなっています。ここに上記のような状況が加わるとなれば、その他の加算(たとえば、自立支援系加算や科学的介護にかかる加算など)の取得の有無で人件費率がどう変わっているかなどの分析も必要でしょう。法人規模ごとの賃金額の組織内分布状況なども求められるかもしれません。

ちなみに、サービス提供体制強化加算も「勤続年数の評価」などに力を入れつつ、上位区分が設けられています。人のキャリアを要件とした加算が大きく変わったわけですから、本来ならこれも処遇状況調査に加えてしかるべきですが、調査票を見る限り加味されてはいません。このあたりも、今後の調査実施に向けて課題となる可能性があります。

従事者の健康と生活を守る視点への回帰を

こうして見ると、「介護従事者処遇状況等調査」とうたっていますが、実際には「処遇改善加算の効果測定」にかなり限定された調査となっています。一方で、ここまで見たように、今回の報酬・基準改定では人件費コストをめぐって、さまざまなバイアスがかかっていることは無視できないでしょう。

加えて考えなければならないのが、新型コロナの感染拡大をめぐり、この1年で人件費の配分にかかる環境が大きく変わっていることです。濃厚接触者等の発生による一人あたりの業務量の偏りはもとより、施設や居住系でゾーニングなどを行なえば、職務範囲やマネジメント量は激変します。こうした状況下で、現場従事者の負担に見合った賃金設定に頭を悩ます事業所・施設は多いはずです。

こうした中で次の報酬改定に向けた調査を行なうのであれば、「現場従事者の健康と生活をどう守るか」という大きなテーマに立ち返ることが必要です。介護現場が危機的状況であるからこそ、各種調査がルーチンワーク(決まった手順で繰り返される作業)化していないかを改めて見直すべきではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。