なぜ? 社会福祉施設の労災急増

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今年4月末、厚労省より2020年の労働災害発生状況が公表されました。介護関連では、業種別カテゴリーから「社会福祉施設」に注目します。その社会福祉施設では、「休業4日以上の死傷者数」が1万3267人で、対前年(2019年)比で32.1%の大幅増となっています。何が起こっているのでしょうか。

まず上げられる、新型コロナ感染者の増加

「休業4日以上の死傷者数(以下、ここでは「死傷者数」とします)」の対前年比の伸び率は、全産業では4.4%、製造業や建設業などは(全体の件数そのものは多いものの)マイナスに転じています。これらと比較しても、社会福祉施設の状況の深刻さがうかがえます。

「死傷者数の増加」と聞いて、多くの人がピンとくるのは、「新型コロナ感染症が影響していること」ではないでしょうか。

実際に統計上では、「新型コロナ感染症のり患(以下、「新型コロナり患者」とします)」も労働災害に含まれています。そして、社会福祉施設における死傷者1万3267人のうち、この新型コロナり患者は1600人。製造業で345人、建設業で187人、感染リスクの高さが強調されがちな飲食店で79人ですから、抜きん出ている状況は明らかです。

新型コロナの感染拡大下では、それだけ従事者も感染リスクにさらされている。だからこそ、国も従事者へのワクチン接種順位を上げたり、定期・頻回検査に力を入れている──ここまでの認識は、現場で働く人々も共通で抱いていることと思われます。

新型コロナり患者を除いても労働災害は急増

しかし、今回のデータが物語るのは、それだけではありません。仮に、2020年の死傷者数から新型コロナり患者数を差し引いたとします。その数は1万1667人。2019年が1万45人なので、それでも1622人の増加となります。増加率で16%に達します。これも、他産業と比べて伸び率は突出しています。

ちなみに、それ以前も死傷者数は毎年右肩上がりが続いてきました。2016年からのデータで見ると、8281人→8738人→9545人→1万45人、そして2020年の(新型コロナり患者を除く)1万1667人に至ります。伸び率でいえば、5.5%→9.2%→5.2%となります。差はありますが、10%以内の推移です。

上記の推移を見てわかるように、2019年から2020年で伸び率が一気に高まっています。新型コロナり患者を除いたことを考えると、別の要因にも着目することが必要です。では、新型コロナのり患以外で、どんな災害が死傷者全体の数を押し上げているのでしょうか。

「無理な動作等」「転倒」が災害数を押し上げ

社会福祉施設の労働災害における「事故の型別」数を見ると、「動作の反動・無理な動作」が4199件(2020年)でもっとも多くなっています。対前年比の伸び率は22%にのぼります。次いで多いのが「転倒」で、3892件。これも対前年比で約19%と高い伸び率を示しています。この2つが、全体の伸び率を押し上げていることは明らかでしょう。

介護現場の業務を想定した場合、この2つは、おおむね「利用者の動作介助等」によって生じていると考えられます。特に前者の場合は、介護分野での職業病ともいえる「腰痛」の発症リスクにつながっています。

では、なぜこの2つの要因が2020年になって急伸したのでしょうか。よく指摘されるのは、「現場の人員不足が進む一方で(腰痛等を防ぐ)介護ロボットなどの普及が追いついていない状況」です。国は介護ロボット等の導入支援事業などを展開していますが、「現場に定着させて、すべての従事者が使いこなす」までには一定のタイムラグも生じます。その間に、人員不足がさらに進んでしまう──という状況があると考えていいでしょう。

構造的リスクによりコロナ後も危険は持続⁉

さらに言えば、利用者の状態像などや、それにともなう介助時の留意点について、現場で十分に共有されていない、あるいは、シフト等のチーム体制に反映するしくみが整わないことも上げられそうです。

たとえば、現場リーダーの実務が増えて体制改革等に着手する余裕がなくなる。人員不足を補うべく派遣人材等に頼る中で、コミュニケーションが不十分なまま情報共有が進まない──こうしたケースも想定されます。

ここに(新規の人材が採用できないことによる)従事者の高齢化などが加われば、先のような労働災害リスクはさらに高まります。いずれにしても、中長期的に見た場合の構造的なリスクが蓄積されているわけです。

この「構造的リスク」が広がっていた中、2020年に新型コロナの感染拡大が生じたことになります。ここでり患による休業に加え、濃厚接触者となった場合の休業者が多発したことにより、構造的リスクが「水面上の労働災害」へと一気に押し上げられたといえます。

こうした状況を考えたとき、ワクチン接種等によって現場の感染リスクが抑えられたとしても、それだけでは問題解決に至らないのは明らかです。アフターコロナの時代が来たとしても、介護現場のぜい弱な基盤の立て直しに向けた歩みを止めてはならないでしょう。

・参考:労働災害発生状況(厚生労働省)

・参考:令和2年の労働災害発生状況を公表(厚生労働省)

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。