集中検査に向けた「壁」に注意

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新型コロナ感染症について、厚労省のアドバイザリーボード(医療・公衆衛生分野での専門家等による助言等)で、高齢者施設等でのクラスター急増が指摘されています。これを受けて、国は高齢者施設の従事者等への集中的な検査実施の要請などを発出してきました。効果的な受検の働きかけとして、どのような取り組みが求められるのでしょうか。

国が施設への集中検査を呼び掛ける背景

5月6日のアドバイザリーボードで示されてデータによれば、第4波のクラスター状況(5月2日時点)での陽性者の割合は、施設関連が5割を超えています(ちなみに、医療関連は約22%、飲食店・イベント関連は1.3%)。施設関連には障がい者施設なども含むため、一概に高齢者施設でのクラスターが大きいとは言い切れませんが、いずれにしてもリスクが高いことは間違いないでしょう。

年齢別の5月5日までの感染経路を(「感染経路不明」が大半なのであくまで参考値として)見ると、死亡者の約6割を占める80代以上で「施設関連」が急上昇します。それより下の年代では「濃厚接触者による家庭内感染」が多く、死亡リスクが高い年代ほど「生活の場」が施設に移っていることがわかります。

国が高齢者施設の従事者等への集中的な検査を呼び掛けている背景には、こうした事情があるわけです。しかしながら、2~3月にかけて集中検査計画の対象となる10都府県での検査実施施設数は約5割にとどまります。

被検者が「陽性」となった場合はどうなる?

こうした状況を受け、厚労省は5月10日、集中的検査計画を策定している都道府県(もしくは保健所設置市)の衛生主管部局に対して、「積極的な受検の働きかけ」を求める通知を出しました。基本は、趣旨や留意点を示したうえで受検を促すというものです。

ただし、これによって受検施設数が一気に増えるかとなれば、課題は少なくありません。施設等運営側の意識の問題もあるでしょうが、「現場の業務継続にかかる不安感」がなかなか払拭できないという点もあると聞きます。

仮に被検者が「陽性」とします。この集中検査は医師が介在しないので、正式な診断は医療機関の受診を要します(その結果「陰性」となる場合もあります)。最終的に被検者が「陰性」であったとしても、ここで当事者の業務がいったん途切れることになります。

小規模な施設の場合、こうしたケースが複数発生すれば、現場のシフト変更などに少なからぬ支障も生じるでしょう。受診によって感染が明らかになった場合には、応援職員派遣事業(これにより、事前に自治体に登録している施設等からの職員派遣を受けられる)などの活用もできますが、上記のようなケースは想定されていません。

「頻回検査時」の業務継続についても一考を

クラスターを未然に防ぐという観点からすれば、確かに上記のケースは「些末なこと」と受け止められがちです。しかし、自治体の実施計画の中には、「月1回」どころか「週1、2回」という頻度を設定している例も見られます。しかも、厚労省は「そうした高い頻度で設定しているケースもある」として、どちらかといえば推奨している感もあります。

たとえば、毎週のように「陽性者」が出て、当事者の医療機関受診を要するとしたら──ぎりぎりの人員で運営している施設にとっては、決して軽くは考えられません。「クラスターを防ぐうえで必要なことは分かっている。でも、後送りしてしまいがちになる」という心理になるとしても無理はないでしょう。

この点を考えたとき、説得する行政側としては、現場が具体的なイメージを描けるフローをきちんと示すことが必要です。

たとえば、施設の規模等にも配慮しつつ、(1)一斉検査はどのようなタイミングで、どのような体制で行なえばいいか。(2)検査結果で「陽性者」が出た場合(その後の医療機関受診も含めて)を想定したうえで、どのような体制確保を図っておくべきか。(3)いざという場合に、応援職員派遣事業をどのように活用すればいいのか──などについて、応相談のマニュアルや人材の整備が求められます。

「計画遂行ありき」が先に立つと問題も

現場の従事者にしてみれば、日常的に(簡易であっても)検査を受けられることは、「安心して働く」うえの支えにはなるでしょう。国は検査を実施した施設名等の都道府県HPでの公表も促していて、これは利用者にとって「クラスター抑止の意識が高い」という点での安心にもつながるかもしれません。

しかし、それも施設側と行政側の信頼関係があってのことです。行政側の「まず計画遂行ありき」という姿勢が前面に出てしまえば、「検査に前向きな施設・消極的な施設」の二極化が進みかねません。つまり、行政側の姿勢によっては、クラスターリスクを潜在化させてしまう懸念もあるということです。

なお、自治体によっては、この集中検査の対象に居宅系サービス等も含む例が見られます。特に人材不足の厳しい訪問介護事業所などで、たとえば登録型ヘルパーなどへの検査をどのように進めていくかなどは、行政側のきめ細かい知恵と配慮が要されます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。