新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が、高齢者に対しても始まっています。同ワクチン接種は任意であり、「副反応リスク」などを理解したうえで本人の意思決定が尊重されます。課題となるのが認知症の高齢者ですが、厚労省からは、本人の意思決定支援における留意事項(事務連絡)が示されました。
「接種」に向けて「するべきこと」は多い
事務連絡では、「日頃から身近で寄り添っている方々の協力を得て、本人の接種の意向をていねいにくみ取る」としています。これは、2018年に示された「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」に準じた取り組みと考えていいでしょう。
注意したいのは、実際の接種に向けた手続き等は、「接種を受けるか否か」という同意だけではない点です。「接種の意思」→「接種の予約(接種希望会場・日時の通達)」→「当日の予診票の記入」→「接種券等の持ち物の準備」→「会場への移動」→「予診票の確認・問診を受ける」など、随所で意思の表示や確認が求められることになります。
「本人の意向をていねいにくみ取る」といっても、上記の流れにおいて「どのタイミングで、誰が、どのようにくみ取っていくのか」を考えると、家族のみ、あるいは特定の職種だけで対応するのは厳しいでしょう。
やはり「チーム対応」を基本にするとともに、専門職を「接種サポーター」としてきちんと位置付けることが必要ではないでしょうか。介護保険の枠内で「何とかする」というスタンスだけでは、現場の混乱を助長し、その後のワクチン接種をはばむ壁となりかねません。
ハードルの高さは「接種予約」の時点から
ちなみに、自治体によるワクチン接種の告知にいくつか目を通すと、予約の時点で「電話かネットで」というケースが目立ちます。しかも「電話回線が混み合うので、なるべくネットで」という記載も見られます。
認知症の人でなくても、ネット対応に慣れていない高齢者には、「なかなか予約できない」という状況も懸念されます。最新の国民生活基礎調査では、主な同居介護者が「70歳以上」という割合は、男性で3割、女性で4割にのぼります。つまり、認知症の人に同居家族がいても、本人はおろか自身にかかる接種のハードルも決して低くはないわけです。
こうした状況下で「現場任せ」となれば、担当ケアマネやヘルパーがなし崩し的に「予約代行」などに負われるケースも増えかねません。また、「予約代行」を名乗る詐欺商法なども確認されていて、ケアマネ等が対応しないとそうした被害も増えるという状況も、現場の混乱に拍車をかけることになりそうです。
包括等での「接種対応チーム」も必要では?
たとえば、要介護者のいる世帯については、各管轄包括内に(ワクチン接種体制確保事業費によって)「接種対応チーム」を設け、予約対応からの継続的支援を行なうというやり方はどうでしょう。
担当ケアマネや主治医などから「未接種」の要介護世帯の情報を受け(そのつど事業費から情報提供料を支払います)、チーム側からの電話や訪問で「予約」からの継続支援を行なうという具合です。
認知症の人がいる世帯については、全自治体に認知症初期集中支援チームがあるわけですから、集中的にそうした組織を活用していくというやり方も考えられるでしょう。
いずれにしても、自治体ごとの知恵とともに、(包括をはじめとする)地域の事業者との密接な連携をもとにした協力要請が必要になります。自治体としては、「接種」に関して地元医師会や社協などとの連携は強化していますが、もう一歩踏み込んだ地域資源とのネットワーク強化が求められます。
高齢者へのワクチン接種は始まったばかりです。今後の進ちょくを見すえれば、「どこに、どのように協力を求めるか」についての仕切り直しも、決して遅くはないはずです。
接種後の体調変化、認知症の人への影響は?
もう一つ、認知症の人へのワクチン接種に関して、現場負担の点で考慮しておきたいことがあります。それは、軽度であっても一定の副反応が見られるケースがあることです。多いのは、接種部位の痛みや疲労、頭痛など。場合によっては、筋肉痛や下痢、悪寒などが生じることもあります(厚労省「新型コロナワクチン接種のお知らせ」より)。
これらの症状は、ほとんどが数日以内に回復します。しかし、数日であっても、本人にしてみれば、一定期間「体調の違和感」を覚えることになります。
そして、認知症の人の場合、そうした違和感は一時的にBPSDを悪化させる可能性もあるでしょう。治療や服薬管理の不十分さがBPSD悪化の要因になることを考えれば、一時的でも現場での転倒事故やケア負担が跳ね上がることが想定されます。
個別的なケースであれば、その人ごとに対応を考慮することが必要です。問題は、施設等で集団接種が行われ、それによって一斉にBPSDへの影響が生じるケースです。
そうした状況が実際にあり得るかどうかは不確かですが、国や保険者としても一つの可能性としてリサーチし、その後の集団接種のケースに活かしていくことが必要でしょう。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。