「お詫び文」では済まない問題

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厚労省・老健局の老人保健課の職員が、深夜まで多人数による(飲酒をともなう)会食を行なっていた問題。これについて、厚労大臣名で「介護事業所の皆様へ」と題した「お詫び文」が出されました。行政文書としては異例の発出ですが、「お詫び文」や「当該職員の処分」では済まない問題も潜んでいます。

国の手引きが定めた「職員の健康管理の徹底」

ご存じのとおり、事案の当事者である老人保健課は、今回の介護報酬・基準改定の制度設計を中心的に手掛ける部署です。ちなみに、今改定では、現場の感染症対策の義務化を全サービスに広げたり、やはり全サービスを対象に、感染症の拡大等を想定した「平時からの業務継続の取り組み」を義務化しています(いずれも3年の経過措置あり)。

これらの義務条項にかかる解釈基準ですが、たとえば「感染症の予防およびまん延の防止のための指針策定」については、「介護現場における感染対策の手引き」を参照することを求めています。同手引きについては、今年3月にやはり老健局から第2版が示されました。

この中では、「職員の健康管理の徹底」として、職場外において「換気が悪い空間に集団で集まる」のを避けることや、「食事を摂る際の注意点」なども記されています。

「示しがつかない」という以上に深刻なこと

従事者の「職場外での行動」を、指針にどこまで反映させるかは(業務外の行動制限につながる点で)難しい部分かもしれません。

しかし、厚労省が複数担当課の連名(老人保健課も含まれる)で昨年4月に発出した「社会福祉施設等における拡大拡大防止のための留意点」では、職員に対して「職場外でも感染拡大を防ぐための取り組みが重要」と明記しています。少なくとも保険者が、こうした「厚労省の発出通知」を根拠に、「指針に含めるべき」と指導する可能性も高いと言えます。

今回の事案でよく指摘されるのは「厚労省が求めていることと自分たちがやっていることに矛盾があれば、現場への示しがつかない」という点です。しかし、先のように各種通知が介護保険制度の運営上の「根拠」となる点を考えれば、「示しがつかない」というレベルの問題ではないことがわかります。

解釈基準等の通知というのは、国会審議を経た法律やパブリックコメントの募集する省令等と異なります。土台となる国会制定法・省令との食い違いがない限り、なかなかチェックがおよびません。その分、省庁の各担当部署の発出責任は重く、省庁と現場との信頼関係がもっとも問われるしくみといえます。

新型コロナにかかる多くの通知に影響も

その点を考えたとき、今回のような事案が発生した場合、それは「その事案に関係する通知」のみならず、その部署が発出する関連通知すべてにおいて「現場との信頼関係」が崩れかねないことを肝に銘じるべきでしょう。

今回の介護報酬・基準改定でいえば、多岐にわたる解釈基準や留意事項への信頼感が揺らぐわけで、それはこの4月からの制度運営そのものに影響がおよびます。

新型コロナ感染症対応という部分に絞っても、「退院患者の介護施設受け入れ」や「ワクチン接種にかかる訪問介護への特例」など、国が力を入れている施策に関連した通知のすべてで実効性が揺らぎかねません。

ややうがった見方をすれば、こうした失態は来年度の予算編成などにも影響をおよぼす可能性があります。今回、異例ともいえる「お詫び文」まで発出した背景には、こうした事情も垣間見えてきます。

しがらみのない世代同士で目線を合わせたい

今回の改定では、多くの現場で「制度の複雑化が極まって、自分たちが何をすればいいかという解釈が追い付かない」と感じている人も多いのではないでしょうか。あえて言えば、「現場で介護を担う立場の目線」ではなく、「施策側の目線」で「やらされている」感覚が強まっているというのが実感でしょう。

そうした中で、今回の事案が生じたわけです。「現場と目線を合わせる意識が乏しいから、こういうことが起こる」と感じる人も多いのではないでしょうか。そうした人々を中心に、改めて「現場の目線に合わせた改革」を求める空気が強まるかもしれません。

たとえば、一部の有識者による検討会や、それをもとにした(複雑な)通知行政という構図を改め、「現場リーダー等による介護保険改革会議」のようなしくみを立ち上げてはどうでしょうか。現在は、各種検討会・審議会の開催もオンラインが主流となっているわけですから、各従事者が職場に居ながらにして参加できる環境も整えやすいはずです。

今回の事案は、現場にしてみれば言語道断な話ではあるでしょう。とはいえ、担当施策者と現場の信頼の回路が途切れたままでは、介護保険を立て直すことはできません。厚労省内でも(特に若い世代で)「今までの流れを変えなくては」と考える人もいるはずです。しがらみのない世代同士が、立場を超えて連携していくきっかけとしたいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。