科学的介護の書式から見えること

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2021年度改定では、「科学的介護の推進」が柱の一つに位置づけられました。エンジン役となるデータベース「LIFE」へのアクセス・活用の方法や情報提供の様式(案)について、厚労省からの通知も出されています。ただし、新型コロナ禍で疲弊する現場がどこまで対応できるかなど、課題は少なくありません。

CHASEへの入力を負担とする回答が9割

3月12日に開催された介護給付費分科会において、介護保険制度における「サービスの質の評価に関する調査研究」の結果が示されました。その中で、すでにCHASE(2021年度から「LIFE」に統合)に、データ提供の登録があった事業所の状況が示されています。

CHASE(LIFE)との情報連携が介護報酬・基準に結び付けて運用されるのは、今年4月からです。ただし、ご存じの通り、国のICT等導入支援事業では、補助を受けるうえで「CHASEによる情報収集に対応する」ことがすでに要件の一つとなっています。

そうした中での調査結果ですが、ニュースでもふれている通り「CHASEシステムへ入力することの負担感」について「大きい+どちらかといえば大きい」という回答が9割に達しています。モデル運用の時点なので、どちらかといえば「科学的介護の推進」に前向きな事業所・施設が多いはずですが、それでも大きな負担を感じていることになります。

情報提供の様式改編で状況は変わるのか?

それ以上に気になるのは、CHASEからのフィードバックが「ケアの質の向上に活用できると思われるかどうか」についてです。調査ではさまざまな場面を提示していますが、全体を通して、「活用できるとは思わない+現時点では活用できないが、改善すれば活用できる」の回答が5割超となっています。

要するに、入力負担が大きい一方で、現時点では「ケアの質の向上には活用できない」というのが、多くの現場の空気感といえます。新型コロナ禍で現場の日常的な負担が高まっている中とはいえ、4月からの本格稼働を前に不透明感が高まるは否めないでしょう。

こうした状況が、情報提供の様式改編などで改善されるのでしょうか。例えば新様式の「認知症の状況」では、DBD13(認知症行動障害尺度)やVitality Index(意欲の状況)などの指標があります。こうした指標で現場の認知症ケアを評価するといっても、「どこからどう手をつければいいか」について迷いは生じがちです。「長年の経験則でやった方がうまくいく」という感覚も強まりかねないでしょう。

軸となるはずのケアプランの位置づけが…

こうした「使い慣れない指標」といった問題だけではありません。加算要件として示された新様式を見ていくと、国の目指す科学的介護が、これまでの介護職の実務やケアマネジメントのあり方から「ちょっと変わってきている」と感じる箇所が見受けられます。

たとえば、リハビリ・マネジメント加算の様式です。同加算については、今改定前(2018年度)からVISITとの連携を要件とした区分が設けられていますが、情報提供の様式の一部が見直されました。注目したいのは、主たる様式となるリハビリ計画書です。

改定前の様式では、居宅サービス計画(ケアプラン)で設定された方針や課題を書き込む欄がありました。これが、新様式では「介護支援専門員と共有すべき事項」という1コマに集約されています。つまり、ケアプランという大きな軸を「個々のサービス計画にどう反映させていくか」について、担保されるしくみが簡略化されているわけです。

ちなみに、今改定ではリハビリ計画書と通所介護等の個別機能訓練計画書の項目の共通化も図られています。たとえば、機能訓練の長期・短期目標について、リハビリ計画書と同様に「機能」「活動」「参加」という3つの視点から記すスタイルになっています。

一応、個別機能訓練計画書の注釈で、「ケアマネからケアプラン上の利用者本人の意向、総合的な支援方針等について確認すること」と記されてはいます。とはいえ、「ケアマネよりもリハビリ職の方を向きながら計画を作成する」という色合いは濃くなっています。

業務への向き合い方が急ハンドルで方向転換

以上の点から、何が見えてくるでしょう。今回の科学的介護というのは、これまでのケアマネジメントを軸とした考え方をいったんリセットし、医療やリハビリを軸とした考え方に組み替える──といった流れの上に成り立っているのではないでしょうか。

介護現場にすれば、それまでのケアをめぐる思考の流れを変えることが暗に要求されているわけです。となれば、「LIFEによる分析データの活用」を業務風土に組み込むには、「それまで培ってきたケアのあり方」そのものを見直す必要も出てきます。当然、ケアマネとの連携の姿も大きく変わるでしょう。

国にしてみれば、この「業務風土の根本的見直し」こそが狙いなのかもしれません。しかし、業務への向き合い方に急ハンドル操作が加わるわけですから、従事者には大きな負荷がかかります。それが、逆にケアの質を低下させる「ひずみ」となる恐れはないのか。4月以降、利用者や現場従事者へのヒアリングなどを丹念に行なうことが求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。