新たな説明義務の狙いはどこに?

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2021年度の介護報酬・基準改定で、居宅介護支援に「利用者への新たな説明義務」が課せられました。前6か月のケアプランに位置づけた訪問・通所介護(地域密着型含む)・福祉用具貸与について、利用割合や特定の事業所割合を利用者に説明するというもの。果たして公正中立に資する施策となるのでしょうか。

これまでの公正中立策へのさまざまなNG

公正中立の確保というテーマについて、まずは過去の流れなどを確認しておきましょう。

2016年3月の会計検査院報告で、公正中立の確保に向けた「合理的で有効な施策のあり方」の検討が求められました。同年5月の参議院決算委員会でも、同様の求めが「決算審査措置」の要求決議で取り上げられています。

会計検査院の報告や参議院の決算委員会議決というのは、各省庁にとって強いインパクトがあります。特に後者は、近年の参議院改革の中で、重視される方向にあります。

ちなみに、厚労省は、特定事業所集中減算の拡大を「公正中立策」のエンジンとして位置づけてきました。ところが、上記の会計検査院報告では、「必ずしも有効な施策であるとは考えられない」とNGが出されています。

また、後者の参議院の要求決議でも、一部の居宅介護支援事業所が「減算規定に達しないよう考慮したうえで、集中割合を調整していたことなどが明らかになった」という指摘が盛り込まれました。やはり特定事業所集中減算の不備を指摘したことになります。

2018年度の施策の方向転換。そして、今改定

こうした指摘を受け、厚労省は2018年度改定で方向転換を行ないます。それは、(1)特定事業所集中減算の対象サービスを緩和しつつ、(2)運営基準上の「義務」の設定を図るというもの。NGの出た介護報酬上のしくみより、現場の実務上の義務を強化したわけです。

義務の対象は、やはり利用者に対しての説明です。具体的には、利用者に対して「ケアマネに以下の求めができる旨を説明すること」。プラン上で位置づけるサービスについて、(1)複数の事業者の紹介を受けること、(2)特定の事業所を位置づけた理由となります。

現役のケアマネにとっては、周知のことでしょう。ところが、ここで留まらなかったのが今改定で、利用者の説明内容に「事業所の集中率」などを加えることになったわけです。

同案が介護給付費分科会に提示されたのは、改定の方向性を取りまとめる直前の11月26日。やや唐突な印象が否めない中、分科会委員から厚労省案への異論の声も上がりました。

今改定が「逆効果になる」という懸念も

ちなみに、現場からも「公正中立とは逆になるのでは」という意見が聞かれます。たとえば、ケアマネが事業所の集中率を示したとします。そこで、利用者はどのように受け取るでしょうか。「皆が使っている(集中率の高い)事業所のサービスの方が安心」と受け取る人もいるかもしれません。

同様に、先の分科会委員からも、「『みんな系列のデイサービスとかヘルパーを使っているのですよ』と説明されれば、利用者は納得してしまうのでは」という懸念が上がりました。説明の仕方によっては、提示された集中率のデータが一種の(系列サービス等の)営業ツールになってしまうわけです。

「系列サービスに利用者を集めて儲けを増やしたい」という法人であれば、ありえないことではありません。事実、分科会では以下のような実情も報告されています。

それは、グループ全体で収入が上がればいいと割り切って、「減算を覚悟」のうえで囲い込みを行なう事業所があるということです。こうした法人が存在する限り、今改定が「逆効果」になる可能性も十分に考えられます。

今改定のポイントは公表システムにあり?

もちろん、上記のような可能性は、厚労省も想定はしているでしょう。にもかかわらず、今回のような改定案を出してきたのには、以下のような狙いがあると考えられます。

ポイントは、事業所の集中率について、介護サービス情報公表システム(以下、公表システム)で公開するという点です。周知のとおり、公表システムは介護保険法115条の35によって、事業者の情報提供義務(第1項)や都道府県による調査(第3項)・報告命令(第4項)などが定められています。

つまり、事業所集中率を「公(おおやけ)」にするという点で、間接的ではありますが介護保険法による「公正中立に向けた縛り」を強化できることになります。利用者の主体的なサービス選択を「歯止め」にするというより、公表システムの中に組み込むことで事業所へのけん制を図る狙いが強いわけです。

介護サービス情報公表システムといえば、その費用対効果などが常に問われがちです。先に述べた会計検査院や国会の決算委員会なども、チェックの目を光らすことも考えられます。こうした点を見すえた時、「公正中立に向けた規制効果もある」という実績を作っておく──そうした意図が垣間見えます。

いずれにしても、「これで本当に公正中立が実現できるのか」という現場のモヤモヤ感は、4月以降も続くことになりそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。