コロナ禍の誹謗中傷にどう対処?

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新型コロナ感染症の影響が長引く中、介護・医療関係者へ誹謗中傷が現場を苦しめています。静岡県の施設・職能団体が共同声明を出しましたが、こうしたメッセージに多くの人が耳を傾けてもらいたいものです。一方で、個々の事業所・施設として、現場従事者を守るために何ができるのでしょうか。

危機管理という発想を携えたマネジメントを

未知の感染症である新型コロナへの不安は大きく、地域社会が冷静さを取り戻すにはまだ時間がかかりそうです。「正しい情報発信が何より大切」ということは、事業者もわかってはいるでしょう。しかし、正誤定かでない情報も氾濫する中では、利用者、家族、そして地域に対しての「そのつどの情報発信」だけで不安を収めるのは難しいかもしれません。

もちろん、人々の理性や良心に粘り強く訴えることが重要なのは間違いありません。とはいえ、「従事者が厳しい状況に立たされている」という状況下では、これを一つの事業継続上のリスクととらえ、危機対処という発想を携えたマネジメントも必要となります。

たとえば、介護現場の大きな課題の一つにカスタマー・ハラスメント(利用者やその家族等による従事者へのハラスメント)があります。新型コロナ禍での誹謗中傷とは状況が異なる部分が多いでしょうが、「蓄積された不安や不満」が「人々の理解・納得の不足」を通して従事者に向けられ、「従事者の職業生活が支障をきたす」という点では、事業者の向き合う課題として共通する部分もあります。

現状のハラスメント対策を1つの指針として

ちなみに、介護現場におけるハラスメントの調査を見ると、従事者側が「ハラスメントを受けたことがある」という実態と、施設・事業所側が「ハラスメントの発生を把握している」という状況にややズレが見られます。

また、従事者側が施設・事業所に求めることとして「今後の具体的な対応の明示」や「具体的な対応について話し合う場」を強く求めています。逆に言えば、「具体的な対応」の先行きが見えないゆえに、「施設・事業所に相談しても無駄」と考えてしまう従事者も少なからずいるという状況が浮かびます。

たとえば、国が示すマニュアルでは、基本方針の決定と利用者・家族への周知、対処方法のルール策定、報告・相談しやすい窓口の設置などを求めています。これらの体制を、PDCAサイクルに沿って定期的に見直すという取り組みも不可欠です。

新型コロナの感染拡大下における「従事者への誹謗中傷」でも、同様の取り組みを継続的に行なうことが求められます。

何より必要なのは組織的・恒久的な取り組み

新型コロナの感染拡大については、「いつまで続くか分からない」という中で、ともすると「いつかは収束するリスク」という見方があったかもしれません。しかし、現状では、仮にワクチン接種が始まっても、ただちに収束するかは見えにくくなっています。

となれば、従事者への誹謗中傷などについても、「まだまだ続くリスク」ととらえることが必要でしょう。そのうえで介護事業者が意識的・計画的に取り組まなければならない管理業務の一つと位置づけることが重要です。

すでに感染対策については、(新型コロナ以外の感染症も想定したうえで)「すべての介護事業者による恒久的な取り組み」が定着しつつあります。2021年度改定でも、感染対策を全サービス共通の必須規定として運営基準上で明確に定めることになりました。

たとえば、この取り組みの中で「派生的なリスクへの対応」として位置づけたうえで、先のハラスメント対策のフローに準じた体制を築くというやり方が考えられるでしょう。

従事者に「孤立していない」という実感を

もちろん、対ハラスメントとは、対策の切り口はいろいろ異なります。

子供のいる従事者で、保育園の利用を断られる。従事者の家族も、地域で誹謗中傷の対象となる。ネット上でも誹謗中傷を受けることがある──など、事象の範囲が広いという点からも対策は簡単ではありません。

地域に正しい情報を発信するといっても、誰を対象に、どんな手段で…となった場合に、1施設・1事業所だけで対応できるリスクなのかという点も問題となるでしょう。

とはいえ、今必要なのは、「組織をあげて取り組む決意」を従事者に示すことです。新型コロナ禍で心身共にぎりぎりの状況に陥りがちな現場従事者に、「孤立していない」という実感を抱かせることは、離職の誘発・連鎖という大きな現場リスクを防ぐ土台となります。

そのうえで、少しずつでも地域の理解を求める発信法を模索すること。この継続が、「地域理解の促進」に向けたノウハウの財産となります。また、地域の理解者が少しずつでも増えていけば、リスクのすそ野を狭めて、大きな実害を防ぐことにもつながります。

新たなリスクに対しては、組織の危機管理能力にもとづいた「新たな鎧」が必要です。国にも、この「新たな鎧」づくりをサポートする施策を打ち出すことが求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。