特例加算で退院者受入れは進むか

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介護保険施設への「退院基準を満たした人」の受入れ(その施設から入院した者を除く)について、厚労省通知(厚労省通知vol.921)が出されました。「退所前連携加算」を30日にわたって算定できる特例です。過去の介護報酬上の臨時的な取扱いと比べても、インパクトは強いといえます。こうした施策が出される背景を整理します。

「退院基準を満たした人」の定義を再確認

まずは、昨年6月にさかのぼります。厚労省は「退院基準」を満たして退院していた人について、以下のような通知を出しました。「新型コロナ感染症の疑いがある」として施設への受入れを断ることは「受入れ拒否の正当な理由には該当しない」というものです。

その後、昨年11月からの急速な感染拡大で入院者数が急増する中、病床のひっ迫リスクが高まりました。12月25日の厚労省通知では、改めて6月の通知内容を示したうえで、「退院患者の介護施設における適切な受入れの促進」を図ることへの周知を図っています。

冒頭の「退院基準」については、すでにご存じと思いますが改めて確認しましょう。注目したいのは、以下の2ケースです。

(1)有症状者なら「発症から10日+症状軽快後72時間経過」した場合に退院可能とする(「症状軽快」とは、解熱剤を使用せずに解熱し、かつ呼吸器症状が改善傾向にあること)。
(2)無症状者であれば、「検体採取から10日間経過した場合」に退院可能とする。

現場従事者、利用者、地域にどう伝えるか

上記(1)、(2)については、PCR検査等による陰性確認は含まれません。これは、7~10日程度で新型コロナの感染性は急激に低下するという国内外の知見にもとづくものです。

いずれにしても、これは厚労省の「診療の手引き」に記されていて、退院基準として定められています。そして、先の2つの通知からも明らかなように、「退院基準を満たしている人」の受入れ拒否は法令上で「認められない」としているわけです。

問題は、施設側が退院基準を熟知していても、それを従事者の不安を払しょくできるように伝えることの難しさでしょう。まして、専門職ではない利用者やその家族、あるいは地域の人々となった場合に、一つ間違えれば誤った風評を生む恐れもあります。

こうしたリスクを考えれば、施設側が受入れに「二の足を踏む」という状況も、決して理解できないわけではありません。

趣旨の異なる通知が混然としかねない

加えて厄介なのは、厚労省などから大量の通知が発せられる中で、それが混乱を生む要因になりかねないケースがあることです。

たとえば、「病床のひっ迫」に対応することを目的とした通知の中で、1月14日には以下の内容が見られます。施設入所者が感染した場合でも、医師が「入院の必要がない」と判断した場合に、施設での「入所継続を行なうことがある」としたものです。

ここで「入院の必要はない」と判断されたとはいえ、対象は「感染者」です。よって、その入所継続時の対応については、生活空間等の区分け(いわゆるゾーニング)をはじめ、保健所等からの指導などを受けつつ、感染防止のための万全な対策をとる必要があります。

当然ですが、「退院基準を満たした人」を受入れるのとはまったく状況が異なります。

しかし、「病床ひっ迫」という状況を掲げて、「施設側に必要な対応を求める」という点では、両通知の趣旨が混然としてくる可能性はあるでしょう。まして、これらの通知が立て続けに出される中で、現場側が混乱しやすい環境に置かれることは間違いありません。

国も焦りが? 現場とつながらない「線」

今必要なのは、厚労省をはじめ国としての「現場への要請」のあり方の見直しではないでしょうか。現状のままでは、今回のような特例的な加算算定や定員超過時の減算未適用といった施策をどんなに上積みしても、十分な効果を上げることは難しいでしょう。

そもそも、こうした通知や特例が立て続けに出されるという背景には、「病床ひっ迫」に対する国側の強い焦りが感じられます。発信側も混乱しているとなれば、現場が置かれている状況を冷静に把握しつつ、情報の交通整理を行なうこともままなりません。

考えてみれば、こうした「施策と現場の間の線がなかなかつながらない」という状況は、新型コロナ感染下に限った話ではありません。たとえば、3年に1度の介護報酬・基準改定でも、算定に必要な実務やその留意事項を現場が十分に消化できなかったり、その環境が整わない場面が多々見られます。

結果として算定率が低くなり、要件に手を加えざるを得ない。それが、また制度を複雑なものにしていく──そんな悪循環がずっと続いてきたのではないでしょうか。

国が発する情報や要請を、現場がどのように受け取って「消化」していくのか。国や自治体に求められているのは、いわばコミュニケーション力の強化なのかもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。