リスクマネジメント改定への影響

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2021年度の介護報酬・基準改定案で、施設系に共通した見直しとなったのが、「リスクマネジメントの強化」です。施設内事故に対する訴訟事例なども生じる中、そもそもの「介護事故」の定義のあり方なども含め、今改定がどのような影響を及ぼすのでしょうか。

今改定で何が変わったのかを整理すると

リスクマネジメントにかかる今改定のポイントは、従来の運営基準(事故報告や委員会の開催、指針の策定、従事者への研修など)に、以下の内容が加わったことです。それは、従来基準で定められた取り組みを実施するための「担当者」を置くことです(6か月の経過措置が設けられています)。

一方、報酬上では、(1)新設部分を含めた上記基準を満たしていない場合の減算(安全管理体制未実施減算。1日5単位)、(2)基準以上の一定の取り組みを実施している場合の加算(安全対策体制加算。入所時に1回20単位)が設けられました。(2)については、「新設された担当者が外部の研修を受けていること」、「施設内に安全管理部門を設置していること」が要件となっています。

省令上で定められた「担当者配置」の重さ

ここで注意したいのは、減算・加算ともにかかわってくる「担当者」の配置です。これまでも、委員会の開催や指針の策定に際して、施設内で独自に「担当者」を設けているケースで5割にのぼります。厚労省としては、5割を超えているという点から、浸透させやすいと考えたのかもしれません。

しかし、それまでの施設独自の対応となる「担当者の配置」と異なり、省令上(つまり法律上で)位置づけられた「担当者」となります。仮に事故の発生で、(刑法上はともかく)民事上の訴訟となった場合、法人代表や施設長とともに責任を問われる立場となる可能性が高まります(裁判に際しても「責任者」という位置づけがしやすくなるでしょう)。

省令上で位置づけられるというのは、それだけ「重さ」が増すわけです。

厚労省の調査研究事業によれば、特養ホームにおける専任の安全対策の担当者のうち、もっとも多いのが介護職員です(複数回答で68.1%)。これは施設長の45.7%、事務長の10.6%を大きく上回っています。

この担当がそのまま「省令上で位置づけられた担当者」となれば、現場の介護職にいきなり(法律上の係争も含めた)大きな責任が負わされる──という可能性も出てきます。

現場担当者が「責任を負う」状況を防ぐには

こうした責任を「負わされるかもしれない」というリスクが高まる中、果たして現場の職員が「すすんで担当を担う」という意識になるでしょうか。仮に組織風土の中で「断れない」という状況に置かれた場合、これは新たな「働きにくさ」につながりかねません。

こうした状況を防ぐためには、少なくとも国として以下の対応が必要となります。

(1)省令上の「担当者」は、施設長や法人の理事に限定する。と同時に、仮に現場職員を「準担当者」などとする場合は、本人に法的な責任が及ばないよう、法務省側の省令等で明確化を図るための省庁間での調整を行なう。

(2)市町村に報告する「事故」の範囲にバラつきがある中(「範囲を定めていない」という自治体も4割)、国として「介護事故」の定義をより明確にする。その際、「施設側の責任が問われるケース(逆に言えば、「事故ではない」という範囲)」について、専門の検討会での議論を通じてやはり基準を明らかにする。

2024年度改定に向けて何が必要になるか

とはいえ、厚労省が定める省令や規則、ガイドラインなどが、実際の刑事・民事訴訟法をどこまで制御できるかとなれば、十分な保障はありません。重要なのは「現場の従事者が不当に責任を負ったり、(業務上過失致死・障害と認定されることで)被告となってしまう」という状況を防ぐことです。

そのためには、ここでも何度か述べているように「介護従事者の法的人権と職業人生を守る」ことを目的とした国会での制定法が必要だということです。それが土台となることにより、担当者への安易な過失認定を防ぎ、国や自治体、そして法人に「現場従事者を守る」ための責務を負わせることができます。

今回のリスクマネジメントにかかる基準・報酬改定は、施設系のみにとどまっています。しかし、3年後(2024年度)には、これをより多くのサービス(たとえば、通所系や居住系など)に拡大する可能性もあります。もっと将来的には、全サービスに適用したうえで、ケアマネジメントでも事故防止の責務を問うなどという動きが出てこないとも限りません。

こうした将来像を見すえた場合、やはり一方の当事者である現場従事者の萎縮を防ぐための大きな法整備は欠かせないでしょう。複数の職能団体や労働団体が結束しつつ、今から新たな法整備に向けた声を上げていけば、2024年度改定には間に合うはずです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。