科学的介護推進が一気に進む背景

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今回提示された介護報酬・基準改定案の特徴として、多種類のサービスに「横串」を刺す形の新設項目が目立ちます。CHASE・VISITから名称変更されるLIFEとの情報連携(提供・活用)を軸とした基準改定や「科学的介護推進体制加算」の誕生も、その一つです。

新設の科学的介護推進体制加算の広がり方

自立支援・重度化防止というテーマに関しては、2012年度に訪問介護で誕生した生活機能向上連携加算、2018年度に通所介護で誕生したADL維持等加算などが思い浮かびます。いずれも、特定のサービスから始まり、徐々に他サービスへと拡大を図るという道筋がとられてきました(ADL維持等加算も、今改定で施設系等に拡大が図られています)。

ところが、今回の科学的介護推進体制加算は、創設から訪問系を除くほとんどのサービスに適用を図っています。また、その算定の下地として、全サービスを対象として、LIFEを活用した計画の作成やケアの質の向上の取り組みを「推奨する(つまり、努力義務)」とした基準改定も行なっています。

ちなみに、上記の基準改では「居宅介護支援は含まない」としていますが、条文によれば、「LIFE等の情報活用」を求めるという原則は同じです。将来的に、ケアプラン作成においてもLIFEへの情報提供とフィードバック活用が義務化される可能性もあります。

急速な「エンジンふかし」の背景にある法律

さて、LIFEの一つであるCHASEが本格稼働したのは2020年。そこからわずかの間で、全サービスの基準の一般原則で「活用」を求め、訪問系を除くほとんどのサービスで「連携」を要件とした共通加算を設ける──この急速なエンジンのかけ方は、他の自立支援系の加算の道のりと比べると差が際立ちます。

その背景として、昨年の介護保険法の改正が影響しています。ポイントは法118条の2の「市町村介護保険事業計画の作成等のための調査および分析等」です。この調査・分析を行なう対象として、第1項の三に「要介護者等の心身の状況等」や「提供されるサービスの内容等」が追加されました。これは、言うまでもなくCHASEを指しています。

そして、同条第3項では、上記の情報について「介護サービス事業者に情報提供を求めることができる」旨が明記されました。昨年のこの部分の法改正が、今回の改定を大きく動かしている原動力となっているわけです。

昨年の国会制定法によって築かれた「土台」

「(省庁が定める省令と比べて)国会で定める法律の影響はそんなに大きいのか」と思われるかもしれません。国会で定める法律が省令などと異なるのは、私たちが選挙で選んだ議員によって定められるという点です。国民主権という憲法の原則でいえば、あらゆる施策の「土台」をなすものと言っていいでしょう。

そのため、原則として、介護報酬・基準などを定める省令は、国会で定めた法律にもとづかなければなりません。介護保険法の趣旨に添わない省令は定められないわけです。

逆に言えば、国会で定めた法律で「土台」が定められれば、その「土台」の上に成り立つ省令改正を一気に進めやすくなります。今回のケースでいえば、先の介護保険法第118条の2の改正が行われたことで、今回のLIFEをめぐる省令改正(介護報酬・基準改定)の広がりが際立ったことになります。

2024年度改定では新加算の単位アップも!?

こうした国会制定法が「土台」となっているゆえに、仮に算定率が低迷したりすれば、最優先で見直される可能性が高いといえます。

新設された科学的介護推進体制加算の単位は、月あたり40~60単位。「体制加算」としては、決して低いとはいえません。しかし、算定率の状況によっては、2024年度改定でさらに上乗せが図られるかもしれません。もっと将来的には、LIFE連携の基準を「努力義務」から「義務」に引き上げ、基本報酬の引き上げとともに加算を包含することも考えられます(基準を満たせなければ減算となる)。

問題は、この「LIFE連携」の基準や加算について、現場の対応体制や従事者の負担が、省令上でほとんど考慮されていないことです。処遇改善加算における職場環境等要件の見直しなどは上がっていますが、決して「LIFE連携」に焦点を当てたものではありません。

現場の「LIFE連携」負担に配慮した条文を

ここで、先の国会制定法での「足りないもの」が浮かんできます。つまり、介護保険法第118の2の改正で、本来なら「国は、情報収集を求める事業所・施設、および現場従事者の負担に配慮した施策を講じなければならない」という一文が必要だということです。抽象的な条文かもしれませんが、国会制定法ですから大きな拘束力をもってきます。

こうしたバランスをとるための条文がないゆえに、国や自治体は「科学的介護」の名目のもとに、関連施策を「わき目もふらず」に加速させてしまう懸念があります。

データベースが相手とはいえ、情報を集め・整理し・提供するのは「人間」である現場従事者です。ここにきちんと配慮した法整備が行われなければ、真の「科学」とは言えません。来年にも始まる介護保険部会でも、最優先の検証が求められるテーマです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。