後期高齢者医療2割負担と介護保険

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昨年末、政府内で社会保障全般についての改革の方向性が示されました。それが、全世代型社会保障改革の方針です。政府と与党の間のすり合わせで難航したのは「後期高齢者の医療の2割負担」について。今回の決着により、介護との関連はどうなるのかを考えます。

政府と与党の間で難航した所得水準の線引き

後期高齢者(75歳以上)の医療費の窓口負担に2割負担を導入するしくみについて、もう一度整理しておきましょう。

まず現行ですが、後期高齢者の窓口負担は「3割」と「1割」に分かれています。3割の対象はいわゆる「現役並み所得」の人で、課税所得が145万円以上(本人年収約383万円以上)となります。「それ以外」の人の窓口負担は1割にとどまっています。

今回の改革案は、「現役並み所得以外」の人の中から、一定程度の所得があるケースについて「2割」負担を導入するというものです。ここで議論となったのが、対象となる所得水準の線引きについてです。

当初の政府側の意向は、「本人収入170万円以上(課税所得あり)」で線引きをすることでした。ところが、各種報道等でご存じのように、与党・公明党は「本人収入240万円以上(課税所得64万円以上)」での線引きを主張。両者の溝がなかなか埋まらないまま、改革案の発表が1週間ずれ込みました。

決着は「本人収入200万円以上」となったが

ちなみに、当初の公明党案の「240万円以上」では、(3割の現役並み所得の人を含めて)後期高齢者全体の約20%となります。この20%というのは、実は介護保険で2割負担以上となる被保険者の割合とほぼ同等です(注.要介護者の所得水準は被保険者全体の中でも低くなっていて、利用者のうちの2割負担以上の人の割合は約9%にとどまっています)。

この点では、公明党の主張の方が「筋が通っている」と言えるかもしれません。いずれにしても、この介護保険の2割負担以上の人の割合との関係を頭に入れておきましょう。

さて、政府と与党との折衝を経て、決着したのは「本人収入200万円以上(課税所得28万円以上)」でした。「間をとった」というより、当初の政府案にやや近いラインです。

ただし、長期にわたる頻回受診の人への配慮措置として、(1割から2割になったことによる)1ヶ月あたりの負担増を最大でも3000円に抑える案が提示されました(3年間の経過措置)。これは、当初厚労省が示した「4500円」よりも緩和されています。このあたりで、政府側が歩み寄ったと言えるでしょう。

今改革に合わせて介護の2割負担拡大も!?

では、今回の「後期高齢者の2割負担」が、介護保険側にどのような影響を与えるのでしょうか。先に述べたように、当初の公明党案では、「介護保険で2割負担以上」となる人の(被保険者での)割合とほぼ同等の約20%でした。これが、今回の改革案では約30%にまで引きあがります。つまり、約10%の人は「介護保険が1割」なのに「後期高齢者の医療費負担では2割」となるわけです。

注意したいのは、この「10%」の差がそのまま放置されるのかという点です。ちなみに、今回の後期高齢者の窓口負担改革の施行は、2022年度後半が目指されています。この2022年度は、いわゆる団塊世代が75歳以上に達し始める時期にあたります(2025年には、団塊世代全員が75歳以上となる)。

そして、次の介護保険法の改正が想定されるのは2023年(2024年度から施行)。当然ながら、主要なテーマは「団塊世代が75歳以上になる」ことを想定した改革となります。

もう分かりでしょう。次の介護保険の見直しでは、「後期高齢者医療の2割負担に合わせて」という大義名分が加わることにより、「介護保険の2割負担者も(被保険者全体)の30%になるよう所得水準を見直す」という議論が勢いを増す可能性が高くなるわけです。

ダブルで引き上げとなる人の家計の余力は?

少なくとも2025年までには、後期高齢者の約10%が医療と介護のダブルでの引き上げ対象となるとしましょう。問題は、そうした新たな対象者が、本当に「医療費や介護費を支払う余力がある人なのか」という点です。

どちらか片方ではなく「ダブル」での引き上げとなるわけですから、ケアマネとしても「本人の家計状況に目配りしながらのサービス調整」への負担が増す可能性も出てくるでしょう。数年かけて段階的に負担が募ってくることも想定しなければなりません。

そして、ここに加わるかもしれないもう一つの難題が「ケアマネジメントへの利用者負担の導入」です。やはり2024年度というタイミングで導入されるとなれば、介護保険の利用控えが想定以上に高まることも考えられます。医療側の負担増が、介護側にどのような影響を与えるのか。今から2023年以降の利用者動向に注意を払う必要があります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。