この改定率で乗り越えられるのか

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2021年度の介護報酬の改定率が、予算大臣折衝を踏まえ+0.7%で決定しました。多くのサービスで収支差率が悪化していることに加え、新型コロナの感染拡大による現場負担が過大となっています。そうした中で、今回の改定率は果たして適正なのでしょうか。

新型コロナ対応への評価は時限的な措置に

先のニュース解説では、新型コロナの感染拡大による経費増などを考慮した部分について、財務省提言をもとにすれば最大で+0.5%程度と予測しました。ここに、自立支援・重度化防止やICT等の導入による現場革新の部分がどれだけ上乗せされるかを推察しました。参考にしたのが2015年度改定の「重点化部分」で、+1.5%程度と見込んだ次第です。

これにより、ベースとなる改定率は+2%程度と見積もりました。ここから「近年悪化している事業の経営状況の立て直し」に向けて、どれだけ上乗せされるかが注目点でした。

ところが、当初見込んだ新型コロナ対応への評価は+0.05%にとどまり、しかも2021年9月末までの時限的な措置となっています。財務省は、物品費の増加を+0.3%としたうえで「公費ではなく介護報酬での対応」を重視していました。にもかかわらず、改定率の伸びは予想以上に抑えられたことになります。

リーマンショック時は+3%改定だったが…

「新型コロナ禍で国民生活は厳しくなっているのだから、保険料や利用負担に影響する報酬の大幅引き上げはできない」という背景もあるでしょう。しかし、今よりも国民経済が厳しかったリーマンショックの際(2009年度改定)には、+3%という大幅な引き上げが行われています。しかも、現場職員の処遇改善については、加算ではなく「交付金」として別枠扱いとなっていました。

その時よりも介護現場の足元は揺らいでいる──この点を考えれば、+2%程度の改定は決して「無茶」ではないはずです。経済状況が悪化する中、企業側の保険料負担を増やすことはできないといっても、地域の介護基盤が揺らげば社員の介護離職を誘発し、企業活動への影響も大きなものとなりかねません。

自発的な取組みを進める現場はどう思うか?

もちろん、大幅引き下げとなった2015年度以降にも、期中改定も含めて処遇改善加算の上積みが図られてきました。財務省としては、このあたりを織り込んだうえでの今回の改定率と考えているのかもしれません。

しかし、新型コロナの感染拡大は、現場実務に想定外の上乗せをもたらしています。今回の基準改定案では、感染拡大下の業務継続に向けた計画策定を、全サービスに義務づけました(3年の経過措置あり)。注意したいのは、こうした基準改定案が提示される以前から、すでに夏場の感染拡大下で得られた経験を活かしつつ、多くの現場で試行錯誤の体制づくりが進んでいることです。

たとえば、感染者が出た場合を想定し、従事者の濃厚接触者を減らすために担当部署を厳格に分ける。そのための(消毒作業なども含めた)シフト調整を行ない、場合によっては利用定員を減らすなどの調整も行なう。事業所・施設内でも情報共有は(面談でなく)ICT等を活用する──といった具合です。

ちなみに、(21日示された)2021年度予算案では、業務継続計画の策定を支援するための相談窓口の設置や実地研修などに公費を投入しています。しかし、上記のような現場の自発的な取組みが感染拡大を防ぎ、医療崩壊の防波堤になっていることを評価するのであれば、それに応えるだけの介護報酬上の改定率を示すことも欠かせなかったはずです。

夏場の人件費の状況だけを取り上げ、「伸びていない(だから改定率には見込まない)」では、現場は「見捨てられた」というメッセージしか受け取れなくなってしまうでしょう。

負のメッセージがもたらしてしまうもの

こうした負のメッセージは、これまで自発的に頑張ってきた介護現場の「燃え尽き」を助長します。それは、当然「これから介護現場を目指す人」にも敏感に伝わるはずです。国は介護現場の魅力発信に5.6億円の予算をかけていますが、負のメッセージが費用対効果を下げてしまえば意味がありません。

「介護報酬では国民負担が増える」というなら、現場の取組み状況も含め、国民に対してきちんと説明すればいいことです。高い改定率が実現するなら、現場従事者も説明するのはいとわないはず。今回は叶いませんでしたが、2024年度の改定時に期待したいものです。

なお今後の問題ですが、0.7 %という小幅改定により部分的な基本報酬や加算の中で「メリハリつけ(つまり引き下げ)」が行われる可能性も大きくなりました。年明けの具体的な単位設定が、負のメッセージをさらに押し出すことになれば、感染拡大の重要な防波堤の一つが一気に崩れる恐れも出てくるでしょう。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。