認知症関連研修の拡充の前に…

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昨年6月に認知症施策推進大綱が定められました。その中の具体的な方針を受けて、来年4月の介護報酬・基準改定に向けても、認知症の対応力向上が大きなテーマとなっています。具体的な施策案を整理しつつ、今、何が求められているのかを掘り下げます。

「認知症への対応力向上」の検討案を整理

まずは、5日の介護給付費分科会で示された「認知症への対応力向上」にかかる検討の方向性を整理しておきましょう。

第1は「認知症専門ケア加算」についてでです。この加算の効果を広げるべく、訪問系サービスも対象にすること。また、算定拡大のため、人材要件である認知症関連研修の修了者を確保しやすくするべく、e-ラーニングなど研修受講がしやすい環境を整備することなどが上がっています。

第2は、「BPSDへの対応力の向上」について。こちらは、BPSD対応にかかる事業者の取組みについて、利用者が介護サービス情報公表システム上で確認できるようにすること。小規模多機能等での緊急の宿泊ニーズに関しても、施設系の認知症行動・心理症状緊急対応加算の対象とすることが提案されています。

第3としては、介護現場におけるBPSD予防などを進めるべく、無資格で働く介護職員について、「認知症基礎研修の受講を義務づけること」が提案されました。6時間の研修をすべてe-ラーニング化したうえで、一定の経過措置を設けることも示されています。

認知症ケアの研修拡充には、前提がある

以上はあくまで「検討の方向性」ではありますが、政府の認知症施策推進大綱を受けている分、(予算化しやすいという点で)厚労省としての実現意欲は高いものと言えそうです。ただし、どうしても引っかかるのは、各種加算の人材要件も含めて、「研修受講のすそ野を広げる」ことが中心となっている点です。

確かに認知症ケアについては、(科学的に解明されていないことも多いとはいえ)現場実践に必要なノウハウの蓄積は進んでいます。これらノウハウの普及とともに、基礎研修等を通じた現場での技能の底上げを図ることも、利用者本位のケアを進めるうえで一定の効果が期待されることは間違いありません。

ただし、前提があります。それは、認知症の人が真に「その人らしい主体的な生活の姿」を獲得するうえで、現場におけるトータルでのアプローチがきちんと整っているかという点です。これには2つの意味があります。

現場従事者のスキル向上だけでは限界も

1つは、BPSD改善に向けて、介護現場従事者の「スキル向上」だけでは限界があることです。BPSDの状況については、利用者が身を置くあらゆる環境とともに、早期からの本人の体調・療養管理、家族の介護負担などさまざまな要因が複雑に絡んでいます。

たとえば、現場従事者が研修で得られたスキルをもとに、サービス提供時の環境改善計画を立てたとします。しかし、計画を受けた環境改善のコストを事業者側がしっかりねん出できないとなれば、従事者側のせっかくのスキル向上も十分な効果にはつながりません。

また、連携する主治医等が「BPSD改善を念頭に置いた療養管理の重要性」に十分な理解がなければ、介護側の認知症ケアも空回りしかねません。さらに、入院医療機関側の認知症ケア体制が不十分なら、持病の悪化で入院を経た後に、「平時の療養」と「入院時の治療」のダブルでBPSDの悪化が懸念されます。そのまま、介護側にバトンタッチされた場合の現場の混乱は容易に想像できるはずです。

環境が整備されないままの研修拡充のリスク

こうした点が改善されないまま、研修の拡充を図ろうとすれば、もう1つの点が問題となります。認知症ケアは、ケアする側の心身状況が強く反映されます。上記の環境整備や療養上の混乱に加え、研修が重荷となれば、従事者の心身の余裕が損なわれかねません。

たとえe-ラーニングで負担軽減を図るにしても、実務以外で一定の時間を割かなければならないことに変わりはありません。つまり、現場への支援体制が整わないまま、研修の上積みを図ることは、かえって認知症ケアの質を悪化させる可能性もあるわけです。

この点を考えたとき、以下のようなサポートが前提として必要ではないでしょうか。たとえば、環境改善(街中の喧騒下では、防音サッシの設置一つでも効果は上がります)に必要な実費を「認知症ケア計画」の策定を要件として別途支給すること。特にコロナ禍で「密」な体制が取りにくい中では、環境改善のための公費負担の拡充を図るべきでしょう。

また、認知症初期集中支援チームによる介護現場への継続的なサポートを義務化することも必要です。そもそも、国が鳴り物入りで施策化した支援チームの役割強化が、ほとんど議論されていないのが不自然とも言えます。

認知症ケアは、研修の拡充・強化という単体の施策だけで機能するほど簡単ではありません。総合的・複合的な介護現場へのサポートを制度上で整理し体系化していく──まず、ここが入口となるのではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。