財務省提言で繰り返される危機

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次の介護報酬の改定率等は、年明けまでに策定される2021年度予算案の中で明らかになります。その前に、財務省(財政制度分科会)による社会保障改革への提言が打ち出されました。財政をつかさどる立場からの提言は、改定率等にも大きな影響を与えます。

プラス改定をすべき事情は見いだせない?

財政制度等分科会の提言では、あくまで新型コロナ感染症の流行の収束までの「臨時的措置」としつつ、プラス改定の可能性は示唆しています。一方で、「恒久的」という観点では、「プラス改定をすべき事情は見いだせない」と明言しています。その理由について、大きく分けると以下の3つを上げています。

1つは、新型コロナ感染症が国民生活に影響をもたらしている観点から、介護報酬アップによる負担増を生じさせる環境にはないということ。2つめは、最新の介護事業経営実態調査によれば、2019年度の収支差率(2.4%)は(全産業における)中小企業と同程度の水準であること。3つめは、上記の実態調査において、特別損失の一部(事業所から本部への繰り入れ─法人本部に帰属する経費・役員報酬等)は反映されているものの、特別収益が反映されていないという点です。

3つめについては、介護事業経営実態調査での分析のあり方に「問題がある」と指摘しているわけで、いわば「どこかにお金が隠れている可能性がある」と述べているに等しいといえます。いずれにせよ、会計上の細かい点までついてきたという印象がうかがえます。

深刻な状況は「新型コロナ」前から進行中

ここで問題にしたいのは、新型コロナ感染症の拡大以前、さらに言えば2015年度の大幅なマイナス改定から、深刻な状況が進行していることです。過去の介護事業経営実態調査および概況調査を見ると、2015年度のマイナス改定を受けた同年度決算では、8割近いサービス種で対前年度の収支差率がマイナスとなりました。これ以降、全サービス平均での収支差率は低下の一途をたどっています。

問題なのは、2018年度には若干のプラス改定となったにもかかわらず、収支差率の低下に歯止めがかかっていないことです。これは、2015年度のマイナス改定のダメージがいかに大きかったかを示すものといえます。

同時に、一気に増えた加算に対応するための各種コスト(連携事業所・専門職に支払う契約料など)や、深刻化した人材不足の中で職員の採用・育成コストもかさみ続けました。2018年度のプラス改定による増収も、それをしのぐだけで費やされたことは想像に難くありません。この点を考えれば、流れに乗り切れない事業所・施設の倒産や休廃業・撤退が増えていることもうなづける現象です。

未曽有の危機に耐えうる基盤ができていない

この2015年度からの流れへと視野を広げれば、新型コロナの感染拡大によって生じた現場危機の兆候はすでにあったわけです。多額の補正予算等を要したのも、「(新型コロナのような)危機」に耐えうる介護資源の構築が不十分だったからで、新型コロナでかさんだ拠出の一端は従来の介護施策生み出したとも言えるでしょう。その失策を検証しない限り、同じことは繰り返される恐れがあります。

特に検証の甘さを感じさせるのが、「新型コロナ感染症の介護サービス事業所の経営への影響に関する調査」内のデータの取り上げ方です。約4万近い事業所のアンケート調査では、新型コロナ流行前と比較して「経営状況が悪くなった」と答えた事業所は、5月で47.5%、10月でも32.7%に達しています。ところが、財務省が注目したのは、決算関連情報をもとにした費用面への影響です。

こちらの対象事業所数は229(1~3月、4~6月の2回分の四半期決算があった事業所)。この調査によれば、対前年同期で「人件費に影響はなかった」とする事業所が9割以上となっています。この数字から、財務省は物品費の伸びだけに焦点を当て、「費用の増加」は約0.3%程度であるとしています。

「+0.3%」が改定率の指標となるのか?

「アンケートでは主観的要素が大きい。エビデンスを取るのならば決算内容」という考え方はあるかもしれません。とはいえ、母数の桁が違い過ぎる中で、施策提言に使えるデータなのかという点は問われるでしょう。

前者が「主観的」であったとしても、数字に現れないさまざまな運営上の「ひずみ」が水面下で生じている可能性は汲まなければなりません。その影響が時を経て水面上に現れることは、先の2015年度以降の収支差率の変遷を見ても分かることです。このあたりをキャッチする視点が損なわれたままなら、「同じ危機の繰り返し」は必ずやってきます。

結果として出てきた+0.3%という数字。仮にこれが改定率の指標となれば、「+3%は必要」という声もある中で業界は瞬く間に揺らぎかねません。「新型コロナ感染下で利用者の負担は上げられない」というのなら、2015年改定で何が起こったかという分析を改めて行ない、「危機を繰り返さないために必要なこと」を国民的な議論の場に提示するべきでしょう。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。