GH基準緩和を進めるうえでの基本

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2021年度の介護報酬・基準改定に向け、サービス横断的なテーマの一つとなるのが「人材不足への対応」です。その対応策として、ICTの活用等による人員基準等の緩和も論点となっています。象徴的なのが、認知症GHにおける夜勤職員配置をめぐる緩和策でしょう。

深刻な人材不足の中で業界団体が求める緩和

夜間の見守り機器の導入等を条件として、「2ユニットまでの1人夜勤」という例外規定を復活させる──この見直し案は、業界団体である日本認知症GH協会(以下、GH協会)も求めていました。

背景にあるのは、やはり深刻な人材不足です。2025年には最大で約730万人まで認知症の人が増えると予測される中、地域ニーズに応えるために「1事業所あたりのユニット数」を増やしつつ、「人材不足」に対応することの両立は必須というわけです。

懸念されるのは、例外規定の撤廃のきっかけとなった火災事故等での対応、そして1人夜勤となった場合の職員の負担についてでしょう。今年8月のGH協会からのヒアリングでは、前者について「スプリンクラー設置の完全義務化」による安全確保がなされた点が強調されています。後者については、見守り機器の導入やオンコール対応の在宅宿直体制による負担軽減効果などが示されました。

もっともGH協会としては、人員基準の緩和だけを求めているわけではありません。「1ユニット1人以上の夜勤配置」に対して、見守り機器の導入等を条件とした報酬上の評価(加算等)も同時に求めています。

厚労省が目指すユニット数弾力化との関係

こうしたGH協会の要望に対し、介護給付費分科会の委員からは、「ICTの普及は進めるべき」としつつも、「ケアの質の確保が前提」であり「配置基準の引き下げありきの議論には反対」という意見が出ています。

一方、厚労省側は議論の推移を見守るという態度をとりつつも、「ユニット数の弾力化」に向けた検討を進めることを示唆しています。これは、介護事業経営概況調査から「ユニット数が多いほど収支差率が高い」というデータを示したことからもうかがえます。仮に「ユニット数の弾力化」を図るのであれば、そこに配置される職員についての人員基準の緩和はセットで検討される可能性が高くなります。

あくまで予測ですが、見守り機器やオンコールによる在宅職直体制など、ICT等の導入を要件とした「2人ユニット1人夜勤」などへの緩和が図られるかもしれません。もちろん、委員からの強い反発も予想される中、要件ハードルをどう設定するかという点が最後まで紛糾するのは間違いないでしょう。

ICT等による夜間の負担軽減が限られるわけ

さて、ICT等の導入があれば、本当に「2ユニット1人夜勤」などが可能なのでしょうか。まだICT等が普及する前の話ですが、いくつのGHの夜勤時間帯の様子を取材したことがあります。そこで感じたことは、GHの夜間の状況は、(当たり前のことながら)入居者の状態像によって大きく異なる点です。

たとえば、昼夜逆転の傾向が強い、入居したばかりで「ホームが自分の居場所」という感覚が乏しい、その他BPSDが十分に改善されていない──そうした入居者が多いホームの場合、深夜でも落ち着きなく居室からユニットに出てくる人が増えます。そのたびに、職員が飲み物などを提供して、落ち着くまで本人の訴えを聞くという光景が見られました。

つまり、日常的にBPSD改善等に向けたケアが十分にできているかどうかで、ICT等による夜勤職員の負担軽減は限定されてくるわけです。逆に言えば、何らかの影響でBPSDが悪化している、あるいは入退院後・新規入居後の利用者がいる場合には、一時的でも夜勤職員等の手厚い配置が必要になります。

疾患医療センターの機能を活用すべきでは?

この点を考えたとき、夜勤職員の配置基準を定めるうえでは、「入居者の状態像」にかかる指標が欠かせないと言えます。GH協会としては、「入居者の支障がなく、安全が図られる場合」においての緩和を求めていますが、この「支障がない」「安全が図られる」ことの客観的な指標が求められるわけです。

こうした場合こそ、カギとなるのは地域の認知症疾患医療センターの存在ではないでしょうか。たとえば、センターに対して、管轄地域下のGHとの連携強化を義務づけ、入居者の(特に夜間の)BPSD改善に向けた専門職派遣をうながします。そのうえで、入居者全体の「改善」が一定の指標(NPI評価尺度など)によって確認された場合に、初めて配置基準の緩和を認めるという具合です。

そもそもGHという資源は、地域全体の協力と支えがあってこそ成り立つものです。人員確保がままならないのであれば、地域の多様な専門職によるカバーを制度化することが先決となるはず。人員基準の緩和等も、この「基本」に立ち返ることが必要でしょう。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。