ハラスメント対策に必要な踏み込み

f:id:testcaremane:20210719170350j:plain

利用者等の介護従事者に対する「ハラスメント」が、介護給付費分科会でも主たる論点の一つとなっています。この課題への対処を制度上でどう反映させていくのか。たとえば、既存の施策の上乗せにはどのようなしくみが考えられるのでしょうか。既存のマニュアル等も絡めつつ、改めて整理しましょう。

「サービスの利用拒否」に対する慎重論

9月30日に開催された介護給付費分科会では、「介護人材の確保・介護現場の革新」という大枠テーマの一環として「ハラスメント対策」について議論が行われました。

委員からは「場合によってサービス提供の拒否も可能となるよう、基準等で明確化するべき」という意見も出されています。

一方で、慎重論も見られます。たとえば、認知症の人は「自分の意思をうまく表出できず、つい相手を手で払うなどの行為に出てしまう」などの状況を指摘する委員も。そうしたケースも含めて、「サービス拒否」が無制限に拡大することへの警戒感があるわけです。

BPSD悪化に対する「手引き」の位置づけ

ここで、国が示している「ハラスメントに対する職員用の手引き」を確認しましょう。そこには、「以下の言動はハラスメントではない」としたケースが明記されています。

「ハラスメントではない」ケースは3つ。(1)認知症等の病気または障害の症状として現れた言動(BPSD等)、(2)利用料金の滞納、(3)苦情の申立てです。注意したいのは、上記の(1)、(2)には「ただし」書きがあることです。

(1)では、病気または障害に起因する暴言・暴力であっても、「職員の安全に配慮する必要があることに変わりはない」こと。そのうえで、「事前の情報収集等(医師の評価等)を行ない、施設・事業所として、ケアマネや医師、行政等との連携などによる適切なケアを提供することが大切」としています。

(2)では、滞納自体は「債務不履行の問題」と位置づけています。もちろん、不払いの際の言動がハラスメントに該当することはあります(この点では、苦情申立ての際の言動がハラスメントに該当することがあるという考え方も成立します)。そのうえで、滞納自体(あるいは苦情自体)は、ハラスメントとは切り離した対処フローが必要というわけです。

多職種・多機関連携はうまく行っているか?

さて、ここでは(1)の「ただし書き」ついて掘り下げましょう。こうしたケースで必ず出てくるのが、「事前の情報収集」や「多職種との連携」です。問題なのは、それが「職員の安全に配慮する」という視点での徹底がなされていない現実が多々見られることです。

たとえば、入院治療などを経て介護サービスに移った認知症の利用者がいるとします。今は、病棟での認知症ケアなどが診療報酬上で評価されていますが、医療機関によってはいまだに入院中の身体拘束などが当然のように行われているケースもあります。

結果として、(急速な意欲低下も含めて)著しくBPSDが悪化した状態で介護現場への引継ぎが行われるとするなら、介護側の負担は増します。(1)が「ハラスメントとして規定されない」としても、従事者の安全とともにケアの負担減を目指すのであれば、医療および他機関・他職種の「行なうべきこと」をきちんと規定していくことが欠かせません。

この考え方は、純然たるハラスメントにおいても同様と言えるでしょう。

国や自治体によるサポートの「費用対効果」

もちろん、施設・事業所のハラスメントにかかる「従事者への責務」が問われるのは当然です。しかし、組織上の余力などがなく、特定の管理者クラスにハラスメント対策の重圧が集中しては意味がないでしょう。管理者クラスも「従事者」であることに変わりはなく、相談・対処への負担に押しつぶされては、ハラスメント対策は成り立ちません。

つまり、こうした状況が放置されたままで「サービス提供の拒否も可能」が明確化されてしまうと、それが施設・事業所にとって安易な「逃げ道」になる恐れも生じるわけです。

これを防ぐには、連携機関の中でも、国や自治体による踏み込んだサポートが不可欠です。たとえば、地域医療介護総合確保基金での補助事業では、有償ボランティア等を想定した「ヘルパー補助者同行事業」があります。これを、(1)事例が軽微なうちから事業所等の要請をもって、(2)有償ボランティアではなく行政の保健師等をあてるという具合です。

保健師などの専門職をあてることで、ハラスメントの抑制のみならず、その後のエスカレート防止のために必要な対策のためのたアセスメント作業も同様に行なうわけです。同行支援と事業所・施設へのマネジメント支援を同時に行なうことで、ハラスメント被害防止の実効性を高めていくことにつながります。

限られた予算を使うわけですから、ただ「窓口を開設する・相談を受ける」ではなく、その費用対効果を確実に高めていく──こうした土台を整えたうえでの「サービス利用拒否」という位置づけが重要でしょう。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。