介護を雇用施策にすることへの責任

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10月2日に公表された今年8月の一般職業紹介状況によれば、全職業の有効求人倍率(季節調整値)は1.04倍で、前月を0.04ポイント下回りました。新型コロナの感染拡大が始まった昨年12月以降、右肩下がりが続いています。こうした中、「介護を雇用の受け皿とする」施策が一気に浮上しつつあります。

概算要求で飛び出した新・参入促進支援

冒頭のデータから、職業別の有効求人倍率(パート含む)を比較してみましょう。季節調整値(季節的な要因を除いて補正した数値)前のデータですが、これによれば全産業では0.95と1倍を下回っています。対して、介護分野(介護サービスの職業)は3.88で4倍近い開きがあります。サービス関連の職業の中では、もっとも高い倍率となっています。

2001年前後のITバブル崩壊や2008年のリーマンショック時もそうでしたが、景気後退によって雇用状況が悪化すると、介護現場に労働力が移行するという傾向が見受けられます。また、国の予算措置でも、そうした「移行」を後押しする施策が増えてきます。

今回も、2021年度の概算要求の中で、「新型コロナ感染症への対応など緊要な経費」枠として、以下のような要求が見られます。それが、「他業種で働いていた者等、多様な人材の介護分野への参入促進に対する支援」です。

具体的には、他業種で働いていて介護分野への就職を目指す人などを対象に、新たに「就職支援金貸付制度」を設けるというものです。ニュースでも上がっていますが、これまでの「経験者・有資格者の再就職」に対しての貸付制度を「他業種からの転職(つまり、未経験者)」にまで拡大することになります。

介護を雇用の受け皿に─でつきまとうリスク

こうした施策に対して、現任者側は眉をひそめる向きがあるかもしれません。何より、景気の動向次第で安易な「移行先」とされてしまうことで、「介護の専門性が軽く見られてしまう」という懸念は強いでしょう。

また、過去の有効求人倍率の動向を見てもわかるとおり、全産業の景気が回復すると介護分野の倍率は先んじて上昇します。ようやく専門職として定着し始める頃に「他業界へ移ってしまう」というケースは、リーマンショック後の景気回復期でも目立ちました。

ニュースで取り上げた新施策についても、「2年間で返済免除」となれば、介護福祉士に必要な実務要件を満たす前となります。その前に「介護分野におけるキャリア」を職業人生上の価値として確立できる環境が整わなければ、上記と同じことが繰り返されます。

そもそも、今冬は新型コロナのほか、季節性インフルエンザなど、介護現場は複合的なリスクにさらされる懸念が高まっています。新規に入職した人材の定着を図るうえで、例年以上に高いハードルがともなうわけです。

ただでさえ、新規人材の育成には、一時的であれ現場リーダーや管理職クラスの負担は増すものです。そうした中で、戦力となる前の離職が誘発されれば、マネジメントを担う側の燃え尽きなども急増しかねません。

法人トップの明確なビジョンが問われている

ここで問われるのは、法人トップの人材育成のビジョン、そして国や保険者による中長期的なサポート体制の見直しです。

法人トップとしては、確かに「人材の頭数を確保したい」というのは喫緊の課題です。そのため、面接や入職試験もそこそこに採用してしまう、あるいは人材紹介・派遣会社に丸投げしてしまうという光景も見られます。

そうなると、「現場の課題はどこにあるか」→「その課題解決にマッチした人材像とは何か」→「その人材像に向けて、どんな人を雇い、どのように育てていくか」といった筋道を立てたビジョンが伴わなくなります。

結果として、人材の頭数を増やしたのはいいが、次代を担う現場リーダーが疲弊したり、現場のチームが機能しなくなることも起こり得ます。そうなれば、かえって現場負担が増すことになりかねません。志を抱いて入職してきた従事者にとっても、「早期離職」が進みやすくなるでしょう。これでは本末転倒です。

新規入職促進をめぐるリスクにどう応えるか

一方、国としては、施策上「新規の人材の業界受入れ」を進めようとするのなら、たとえば以下のようなフォローが必要です。

現状でも管理者クラスのマネジメント関連などの研修や、現場へのマネジメント指導者の派遣などは行われています。ここに、「法人トップによる人材の採用・育成にかかる課題分析や計画策定」に際してのルールを加え、そのルールに適合することを条件として基本報酬をアップするという具合です。

つまり、こういうことです。「介護を雇用の受け皿とする」ことには、現場に影響をおよぼす一定のリスクがある──これを認めたうえで、そのリスク軽減を目的とした介護報酬アップであることを明確にするわけです。

入職希望者への給付等は必要だとしても、それが今ある現場環境にどのような影響をおよぼすのかについて、国としてきちんと責任を担うことがセットで求められています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。