介護現場のデジタル改革、入口は?

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2021年度の介護報酬・基準改定で、大きなテーマの一つが介護人材の確保と介護現場の革新です。その手段として、センサーやICTなどデジタル技術の活用が論点となっています。業務負担の軽減などの実証例も報告される中、現場のデジタル改革は拡大するのでしょうか。見落とされがちな課題も含めて考察します。

新型コロナでデジタル改革機運は高まったが

介護・医療だけでなく、あらゆる産業を通じて業務のデジタル改革は新たなステージに入りつつあります。追い風となったのは、やはり新型コロナ禍でのリモートワークやオンラインによる業務対応等の拡大でしょう。

ちなみに、9月末に公表された2021年度予算の概算要求でも、ICTを活用した介護情報連携推進事業やケアプランデータの連携システムの構築などが、「新型コロナウイルス感染症への対応など緊要な経費」に位置づけられています。また科学的介護の実現に資する取組みの推進として、CHASE等のデータベースにかかる運用や分析、フィードバックにかかる要求も拡充されています。

確かに、新型コロナ禍で対面コミュニケーションなどが制限される中、これまでICT等の活用機会などがなかった事業所等でも導入ニーズは高まっています。ただし、この機に乗じていくというだけでは、現場にさまざまなひずみも生じかねません。必要なのは、デジタル改革がもたらす価値が、現場のニーズにきちんとフィットしているのかを地に足をつけながら検証していくことでしょう。

パイロット事業では著しい業務負担減効果も

介護現場革新会議のパイロット事業では、ICTのほか見守りセンサーやインカムなどのテクノロジーの現場活用による業務負担減の効果などが報告されています。

たとえば、インカムの導入によって、利用者への見守りに当てる時間を大幅にとれるようになったというケース。複数の見守りセンサーを組み合わせるなどの複合的な改革によって、業務全体が3割以上削減された例など。業務の効率化によって人材不足にも対応したい国としては、今後も積極的な横展開を図っていくことになると思われます。

一方で、「初期投資額の負担が大きい」など、導入段階での課題も上がっています。導入資金等については、国の各種導入支援事業などの活用でカバーできますが、ケースによっては一時的な人員コストの増大などがうかがえるケースも見られます。

デジタル改革につきまとう新たな人員コスト

注目したいのは、介護給付費分科会でも提示された「生産性向上に資するガイドライン」をもとに作成された導入フローです(ケースは、夜勤業務における見守り支援業務等にかかるテクノロジー活用について)。

ポイントは、現場ごとの課題分析を行ないつつ、各実情にフィットした解決ステップを踏むことで、効果を上げていく流れが示されていることです。中でも、解決ステップにおいて「組織全体の意見集約」や「システム活用方法を指導するための介護IT担当者の配置」などは注目すべき点といえます。

意見集約のためには、現場リーダーによる従事者へのヒアリングや時間をとってのグループワークなども必要になるかもしれません。介護IT担当者については、現場から抜擢するのか新規で採用するのかなどについてふれてはいませんが、いずれにしても(手当等を含めた)人員コストが発生するでしょう。

ちなみに、こうしたステップを踏んでいないケースも示されていますが、現場が慣れるまでの間データ活用の範囲が限られるなど、一定の試行錯誤が生じている様子が浮かびます。つまり、初期段階で費用対効果が低くなっている中で、「隠れた人員コスト」が発生しているという見方ができるわけです。

結局は「人を大事にする」風土があるか否か

こうして見ると、業務効率の向上に向けては「ハイテク技術を現場にフィットさせる仕掛け」が必要であり、そこには一定の人員コストが発生していることになります。言い換えるなら、ICTやセンサーなどの導入に際して、カギとなるのはやはり「人」なのだという認識が改めて問われているわけです。

人員コストがかかるということは、その時点で「チーム内コミュニケーションのあり方」なども問われることになります。ここに新型コロナ等の影響によってコミュニケーションハードルが上がるとなれば、従事者によってはメンタル面での負担等も高まりかねません。

結局のところ、ハイテク技術によって現場業務の効率性を上げられるかどうかは、その組織に「人を大事にする」という風土がどれだけ整っているかに左右されるということです。これがない中で「業務負担減のためにハイテク技術を導入する」と言っても、十分な効果は期待できません。入口は組織風土の見直しにあり、国もそこから支援の拡充を図るという流れが必要ではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。