要介護者の総合事業利用を考える

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厚労省が、介護保険法規則の一部を改正する省令案を示しました(9月23日までのパブリックコメント募集案件)。内容は、介護予防日常生活支援総合事業(以下、総合事業)と在宅医療・介護連携推進事業にかかわるものです。このうちの総合事業の省令改正案に対して、認知症の人と家族の会が強く反対の意を示す緊急声明を行ないました。

今回の省令改正案を考える際のポイント3つ

認知症の人と家族の会が問題としているのは、第1号事業(訪問・通所型など)の対象者の弾力化です。具体的には、要介護者であっても、「本人の希望を踏まえて、地域とのつながりを継続することを可能とする観点から、市町村が認めた場合」には、利用を可能とするものです。現状では、利用者の過半数を要支援者等とする規定となっています。

この弾力化の方針に対し、認知症の人と家族の会は「要介護者のサービスを総合事業に移行させること(加えて、要支援者等が要介護認定を受けた場合に、サービスを総合事業に留めおくこと)を可能にする」という観点から、「要介護者の保険給付外し」につながるものとして強く反対しています。背景には、昨年の介護保険部会で論点となった「要介護1・2の人の訪問・通所介護などを総合事業に移行させる」ことへの危機感があります。

ここでは、3つの点について掘り下げましょう。1つは、こうした見直しが「地域とのつながり」の継続性を目的としているわけですが、それが本当に利用者の意向によるものなのか。2つめは、「本人の希望を踏まえて」という点が、現実に徹底されるものなのか。3つめは、そもそもの「継続性」という課題をどうとらえるのかということです。

改正案は市町村の意向が強く反映されている

1つめですが、結論から言えば、今回の見直し案は主に保険者(市町村)の意向にもとづくものです。たとえば、昨年の介護保険部会では市町村対象の調査結果が示されています。それによれば、「対象者が要支援者等に限られてしまっていることで、事業が実施しにくい」という回答が、住民主体による支援(サービスB)で約3割にのぼっています。

上記の理由として、「せっかく利用し慣れた緩和サービスが、要介護認定になれば利用できなくなること自体が不自然」という意見が見られます、また、自治体からの報告事例(東京都世田谷区)では以下のような内容が。それは、要介護認定を受けたことで住民主体型サービスを給付サービスに切り替えるより、「引き続き住民主体型サービスを利用し、地域でのつながりを継続することが重度化防止につながる」というものです。

いずれも、省令案が根拠としている「継続性」のメリットが強調されています。ただし、それが本当に当事者の意を反映しているかについて、明確なデータはありません。

「本人の希望」は真に踏まえられるのか?

もちろん、「総合事業も給付サービスも、本人の意思決定で自由に受けられる」ことが(今も、将来的にも)保障されるのであれば、「継続性」のメリットは重要でしょう。そこで、2つめのポイントが問題となります。

注意したいのは、本人が給付サービスの必要性への十分な理解が必要だということです。認知症で判断能力が衰えている人以外でも、総合事業の「通所型」と給付の「通所介護」の違いについての理解が十分でなければ、真の意味で主体的な選択にはなりえません。

要支援から要介護になり、担当ケアマネが変われば、主体的な選択へと本人を導くのに時間がかかる場合もあります。高齢者の多くは、「新たなサービス環境になじめるかどうか」という不安を常に抱えています。ここに「不安があるなら、今まで通りの総合事業の方が本人の意欲も減退しない」という理屈が入ると、ケアマネとしては反論しにくくなります。

この流れが大きくなると、「給付サービスをきちんと受けることで、重度化防止や認知症のBPSDの悪化防止に資する」という議論が急速に弱まりかねません。逆に、「本人の意思がはっきりしないのなら、総合事業でもいいのでは」という考え方が制度の議論でも膨張しやすくなります。結果として、「本人の真の意向を掘り下げる」という取組みは無力感とともにないがしろにされる危険があります。

「継続性」の理念をめぐるさまざまな矛盾

3つめは、「継続性」のとらえ方です。仮に「継続性」が重要だというなら、2006年度に「介護給付」と「予防給付」を分け、ケアマネジメントの継続性も(制度上で)切り離した状況とどのように整合性を取るのでしょうか。仮に「この切り離しによって重度化が防げた」とするなら、「継続性」を改めて重視した今見直しは矛盾をはらむことになります。

また、リハビリ系サービスでは「短期集中」や「社会参加へつなぐ」という支援への評価を重視しています。やはり、「継続性」以上に重要な考え方が反映されているわけです。

さらに、新型コロナの感染拡大では、総合事業の通所型サービスなどの多くが自粛を強いられています。「休止」状況について給付サービスと総合事業の明確なデータはありませんが、いくつかの地域の取組み事例を見ると、住民主体の通所型の自粛状況が目立ちます。

いずれにしても、「継続性」そのものが危機に陥っている中、専門職による本人の意欲低下や重度化防止をきちんと下支えしていくことが欠かせません。そうした部分の手厚さを考えた場合、給付サービスは極めて重要です。

こうして見ると、省令改正案における「継続性」はあくまで名目で、認知症の人と家族の会が主張するように、「要介護1・2のサービスの総合事業への移行」への土台づくりが垣間見えます。そもそも、この見直しを省令改正にとどめていいのかどうか。本来は介護保険法を改正すべく、国会審議にかけて深く議論すべきものではないのでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。