新内閣の方針に垣間見える表と裏

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首相が交代し、新内閣がスタートしました。その内閣の基本方針の中で注目を集めているのが、目指すべき社会像としてかかげられた「自助・共助・公助、そして絆」という文言です。新型コロナ禍で、自助はもちろん地域の絆も揺らぐ中、この方針が示す真意とは何なのでしょうか。少し深読みしてみましょう。

「自助&絆」は今に始まったことではないが

政府が社会のあり方として「自助」や「絆」を打ち出すのは、今に始まったことではありません。例をあげてみましょう。

直近では、昨年11月に財務省の財政制度等審議会が出した建議で、以下のように明言されています。それは、社会保障制度本来の役割として「自助努力では対応しきれない大きなリスクを支え合う」という位置づけです。

また、今年6月に「地域共生社会の実現のための改正社会福祉法等(一部介護保険法の改正も含む)」が成立し、その理念に「絆」の考え方が据えられています。法案のたたき台となる地域共生社会推進検討会の最終取りまとめでは、以下のような一文があります。それは「人と人とのつながりそのものがセーフティネットの基礎となる」というものです。

「絆」という言葉そのものは使われていませんが、上記の一文はまさに「人と人とのつながり(絆)を、制度の中にどのように位置づけるか」を示していると言っていいでしょう。

もっとも、財政や制度をめぐる上記の動きは、新型コロナ感染拡大前の状況下でのものです。いみじくも、新型コロナ感染下では、自助や絆そのものが果たせる範囲は極めて狭くなり、それを支える基盤も揺らいでいます。各種支援職の献身的な「頑張り」で何とか踏みとどまっているものの、そうした現場の疲弊はぎりぎりまで高まっています。

「メリハリのきいた感染対策」とは何か?

もちろん、今回の基本方針でも、新型コロナへの感染対応は重要課題と位置づけています。実際に「爆発的な感染を絶対に防ぎ、国民の健康と命を守る」ことを宣言しています。気になるのは、年初来の新型コロナ感染症対策の経験を活かしたうえで、「メリハリのきいた感染対策」を行なうとしている点です。

あえて「メリハリ」という言葉を出すということは、どこかで施策の重点化を図ることに他なりません。「絶対に防ぐ」という力強い掛け声と比べると、ぎりぎりの状況にある現場への寄り添いより、財政状況に合わせてのコントロールを重視する印象が先に立ちます。

確かに、新型コロナにかかる財政出動は膨大な規模におよび、国の未来を預かる立場としては「メリハリをつける」という考え方が先に立つのもやむを得ないかもしれません。しかし、そうであるなら、新型コロナによって揺らいでいる「自助」や「絆」の位置づけにもっと気を配るべきではないでしょうか。

自助・絆はしっかりした共助・公助が前提

以前も述べたことがありますが、「自助」というのは、社会保険(共助)や公費(公助)による支えがしっかりしてこそ成り立つものです。つまり、自助・共助・公助は並列化されるべきものではなく、自助の一部は共助・公助によって構成されているわけです。これは、「絆」という考え方も同様です。

この点から、冒頭の目指すべき社会像は、「共助・公助によってしっかり支えられてこそ発揮される自助、そして絆」という言い方が正しいはずです。これをケアマネジメントに置き換えるなら、「自分らしい生活」を取り戻すことを意向とした場合、そのために「自助を発揮したり、絆を再構築する」というのが課題となるでしょう。その課題解決のために、共助・公助をしっかり整えていかなければ、自助・絆は定まっていきません。

今、新型コロナの感染拡大は、「自助・絆」という課題解決の道筋を揺るがしています。揺らぎが大きければ、支えとなる共助・公助を厚くし、「自助・絆」の足腰が固まるまでの施策的なサポートの継続が必要です。重点化(つまりメリハリ)というのは、その道筋を照らす明かりとして用いられる言葉であるべきで、「共助や公助」を「自助や絆」に肩代わりさせることではないはずです。

次期介護報酬も、実は意外に厳しいものに?

こうして見ると、今内閣の基本方針は、掛け声としては力強いものの、その実務としては、財政再建に向けた「メリハリづけ」を前面に出した(どちらかといえば)財務省の考え方を踏襲している傾向が強いといえます。

介護施策について、新内閣は前内閣の方針を継承するとしています。問題はその「中身」となるわけですが、実は新型コロナ前の「自立支援・重度化防止」や「生産性向上」による効率化路線となるのかもしれません。

この路線で行くとなった場合、気になるのは次の介護報酬改定です。新型コロナ禍での「報酬アップ」が既定路線と見られがちな中、実は「意外に厳しい改定」になるのではないかという見通しが徐々に浮かびそうです。次回、この「意外に厳しい改定」となる可能性について掘り下げていきたいと思います。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。