事故責任から現場を守るための道筋

介護給付費分科会のニュースで、老健協会から「介護事故の定義」にかかる意見が出されました。利用者による転倒や誤嚥は「事故」なのか──介護事故訴訟が頻発する中での問題提起です。この提起と介護の現状、そして現場が「なすべきこと」を照らし合わせる中で、この問題を整理してみたいと思います。

尊厳保持と事故防止を両立させるという使命

介護現場では、日々「介護事故の防止」に向けた取組みが行われています。

これは、省令(介護老人保健施設であれば第36条など)で定められた「介護事故防止にかかる指針」の策定や、「介護事故の危険性に対する改善策」の周知徹底などの規定にもとづくものです。もっとも、現場としては、「省令で定められている」ことだけをもって取り組んでいるわけではないでしょう。

利用者がその人らしく生きるには、意向にもとづいた生活行為ができる限り制限されないことが必要です。むしろ、(それが反社会的な行為などでない限り)その生活行為ができることを支え、伸ばし、社会参加へとつなげていくことが介護専門職の役割と言えます。

しかし、そこには常にリスクが付きまといます。「好きな時に好きな場所に行きたい」となれば、行動範囲が広がる中で転倒リスクも高まります、そうしたリスクをしっかり量ったうえで、「事故」が防げるような方策を考え、実践する──これも専門職の役割です。

前者の「生活行為を伸ばすこと」と、後者の「事故に結びつけないこと」は、ともすると相反すると見られがちです。しかし、高いスキルをもってすれば「両立」は不可能ではありません。そして、高いレベルで両立させる力量を発揮するのが専門職であり、その部分に高い報酬が支払われているわけです。

問題は従事者の免責範囲があいまいなこと

上記のように「高いレベルでの両立」となれば、「リスクがより高くなる」という状況も避けられません。そこで問題となるのは、リスクから生じる「不測の事態(事故など)」に対して、制度上で介護専門職等の「免責の範囲」が明らかにされていないことです。

省令で定められているのは、以下の規定だけです。あらゆるサービスに共通するものとして、サービス提供に際して「賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない」というものです。

これはあくまで、事業所・施設の賠償責任を定めただけで、現場従事者の責任範囲を示したものではありません。(もっとも、組織内では、当の従事者の人事査定・考課にどう反映させるかという問題は残りますが…)。

しかしながら、従事者の免責の範囲が明確になっていないゆえに、民法や刑法などが絡んできたとき、従事者個人が民事・刑事訴訟で「訴追される」という可能性は残ります。先だっての長野県の特養の「おやつ」にかかる裁判などが、代表的なケースです。

老健協会の提案は司法判の転換となるか

ちなみに民法や刑法というのは、その時々の社会通念に大きく左右されます。社会通念を変えていくには、「何が事故であるのか」という業界定義をまず変え、それを社会に浸透させつつ司法判断を転換させていくという道筋が考えられます。今回の老健協会の訴えは、そうした流れを視野に入れたものといえます。

ただし、仮に「転倒や誤嚥は事故ではない」という業界定義を定めたとして、それが司法判断を転換させるに至るまでには、かなりの時間を要すはずです。なぜなら、実際に利用者の生命や心身に多大な影響を及ぼされたとなれば、「要介護者の安心と安全は守られるべき」という、もう一方の社会通念と必ずぶつかり合うことになるからです。

先の特養での訴訟のように、「無罪」という判例がその後の司法判断を変えていく場合もあるでしょう。しかし、従事者が長期間被告として扱われ、その間に現場の萎縮も生じさせるとなれば代償は決して小さくありません。

必要なのは、介護従事者保護のための制定法

この点を考えたとき、現場の専門職を訴訟リスクなどから救うには、「免責範囲」を明確にした制定法が必要です。司法判断を確実に左右するには、省庁の制定する省令や業界定義ではなく、国会で定める法律が必要になるわけです。それでないと、民法や刑法にかかる「抑え」とはなかなかなりえません。

具体的には、「介護従事者保護法」などの法律が求められます。その中で、「事故」の定義や「免責範囲」のみならず、利用者による「パワハラ、モラハラの規制」、介護報酬・基準について「従事者の処遇悪化防止」をもたらす改定を行なってはならない旨なども明記します。介護従事者の立場を不安定にする要因を、制定法で確実に取り除いていくわけです。

介護業界に安心して人が集まれるようにするには、小出しの(処遇改善策などの)予算措置の前に、「従事者保護」の大きな骨格が不可欠です。これがあってこそ、さまざまな上乗せ施策にも血が通うのではないでしょうか。

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