高齢者の暮らしは本当に上向き?

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2020年版の高齢社会白書が閣議決定されました。2019年と比較して高齢化率は0.5ポイント上昇し、高齢者(65歳以上)を現役世代(15~64歳)で支える割合は「2」(2人で1人を支える)まで低下しています。今回、特に取り上げられている「高齢者の経済生活に関する意識調査」も絡めつつ、介護現場としても考えておきたい課題を取り上げます。

消費増税直後でも経済的不安は減少の不思議

60歳以上を対象とした「経済的な暮らし向き」──これを2019年度と2016年度で比較すると、「心配なく暮らしている」(「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」+「家計にゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」)の割合が9.5ポイントも上昇しています。回答者は2000人たらずではありますが、たった3年で10ポイント近く上昇するという状況は無視できません。

ちなみに、調査は2019年度となってはいますが、実際の調査時期は2020年1月です。これは2019年10月の消費税アップ直後であり、家計上の暮らし向きは苦しくなると想定されがちです(なお、2016年度の調査時期は2016年6月で、2014年4月の8%への消費税アップから2年が経過しています)。にもかかわらず、「暮らし向きが大幅に改善した」のは、同時に実施されたさまざまな経済対策(ポイント還元や低所得の年金生活者への給付金など)が功を奏したと言えるのでしょうか。

高齢者の「就業」促進がもたらしている状況

ここで、別の調査項目に目を移してみましょう。それは「就業状況」についてです。

2016年度と今回の2019年度を比較すると、「就業している」という回答は、「32.9%→37.3%」で4.4ポイント上昇しています。一方で、60~64歳という比較的若年の世代では逆に1.3ポイントの減少に転じています。

65歳以上については、両年度の調査で年齢区分が異なるため一概に比較できないのですが、いずれにしても「65歳以上の高齢者」の就業割合が大きく伸びているのは明らかです。特に「75歳以上」で見ると、2016年度は12.5%なのに対し、2020年度は「75~79歳」で24.1%(「80歳以上」で10.0%)と、団塊世代より少し上の世代で就業が著しく進んでいる様子が浮かんでいます。

これはあくまで仮説ですが、あらゆる業界で労働力人口が減少する中、高齢者でも就業しやすくなってきている(あるいは、定年の延長や廃止に踏み切る企業も増えてきている)という状況がありそうです。それによって、年金だけでなく就業での収入が家計の支えとなるケースが増えた──これが中高年層の暮らし向きを向上させた一因と考えられます。

このあたりは、「家計にゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」という回答の伸びにもつながっているのかもしれません。

新型コロナの影響が現れてくる中での懸念

そうなると、あえて「不安材料」となるのは、「自分の体力・気力・健康状況が就業にどこまで対応できるか」という点でしょう。これについては、先の「暮らし向き」と比較して、「今後の経済面で不安ない」という回答が意外に少ない結果にも結びついてきます。

問題は、今回の調査が、新型コロナ感染による経済への影響がまだ深刻化していない状況下で行なわれていることです。この先、収入を就業に頼るというケースで、暮らし向きがどう変化していくかに注意しなければなりません。加えて頭に入れるべきは、中高年層の就業状況には家族(親や配偶者)の介護が常に絡みやすいという点です。

すでに新型コロナの影響で、通所系や短期入所系のサービス利用に困難さが生じる中、介護離職のリスクが急速に高まっています。在宅ワークなどが可能な職種であっても、「家族の介護等を手がけながら」となれば、特に中高年層の就業継続は厳しくなりがちです。

今後、新型コロナ感染の影響が長引けば、ある段階で高齢就業者を中心に介護離職が一気に高まる可能性があります。その時点で「将来的な家計不安」は「現実の暮らし向きの苦しさ」へと転換し、高齢者世帯の医療・介護との向き合い方が激変することも考えられます。つまり、「感染リスクへの不安がある」ことも手伝って、通院や介護サービス利用を控えるケースもさらに増えるわけです。

となれば、ケアマネや介護サービス担当者としては、利用者世帯の(特に高齢の)就業者の状況に意識的に注意を払うことが重要です。たとえば、総務省の毎月の労働力調査や新聞の経済面等にもつぶさに目を通しておきたいものです。利用者本人の状況のみならず、世帯全体の状況について一歩先を読む目を養うことがますます求められています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。