介護人材を「コマ」としないために

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ウイズコロナの経済戦略を軸とした「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2020」が閣議決定されました。依然として新型コロナの感染が収まらない中、「国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く」とうたっています。感染防止の最前線で踏ん張る介護現場に、安心をもたらす戦略が打ち出せたのでしょうか。

骨太の方針はスローガンに見合った内容か?

介護分野の施策方針としては、データの利活用による科学的介護の取組みやケアプランへのAI活用などの推進、介護ロボット等の導入について次期報酬改定での対応の検討などが見られます。一応、新型コロナ感染症の影響を踏まえたものという位置づけではありますが、どちらかといえば2018年から続く「生産性向上」を軸とした医療・福祉サービス改革の延長上にあるものと言えます。

ちなみに、感染拡大防止の観点で具体的に打ち出しているのは、介護・障害福祉施設に対する個室化などの環境整備です。在宅サービスも含めた感染防止のための支援にもふれてはいますが、具体策までは踏み込んでいません。このあたりは、一次・二次補正予算に盛り込まれた施策を着実に進めていくことが、当面の目標という位置づけになりそうです。

とはいえ、「国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く」という強いスローガンの割には、介護現場向けに限れば、決意に見合うメッセージ性は伝わってきません。たとえば、2021年度の介護報酬改定に向け、「感染防止対策への評価」をどのように位置づけるのか(例.介護報酬本体とは別枠で設定し、二次補正予算における「慰労金」のような給付を引き続き実施するなど)といった踏み込みがあってしかるべきだったのではないでしょうか。

もちろん、そのあたりは間もなく示される「令和3年(2021年)度予算編成の基本方針」で触れることになるのかもしれません。しかし、介護給付費分科会の議論はすでにサービス単位の議論に入っています。新型コロナ対応がきちんと評価されるか否かという政府方針が不透明では、たとえば自立支援・重度化防止策や現場業務の効率化というテーマでも議論の軸足が定まらなくなる恐れがあります。

新型コロナ下の雇用と介護人材確保との関係

そうしたあいまいさが残る一方で、今回の骨太の方針では、「人材確保」という部分で気になる内容が見られます。それは、新型コロナの感染拡大下での「雇用の維持と生活の下支え」についてふれた部分です。

具体的には、以下の一文です。まず、「求人数が全体として感染症の影響で減少している一方、介護、ITなど労働需要の高い職種も一部に見られ、また、『新たな日常』の下では労働需要の構造が大きく変化することが見込まれる」と分析しています。そのうえで、離職者向けの公共職業訓練や求職者支援訓練を通じ、就職に必要な職業スキルや知識の修得をうながすなどにより、「医療介護福祉保育等の人材を円滑に確保する」としています。

注目したいのは、新型コロナ下での「労働需要の高い職種」として、具体的に介護が上げられていることです。これをもって「介護を雇用の受け皿に」という施策に直結するとは限りませんが、気になるのは同日に示された成長戦略実行計画案との関係です。

兼業・副業の推進と介護現場のICT化

その冒頭で「新しい働き方の定着」として「兼業・副業の環境整備」があげられています。そこでは、「ウィズ・コロナ、ポスト・コロナの時代の働き方としても、兼業・副業、フリーランスなどの多様な働き方への期待が高い」と述べたうえで、その労働法制上等の環境整備を行なうことが急務としています。

ここで、介護現場に求められている業務改革と照らしてみましょう。たとえば、ICT活用を進めるうえで、それが介護報酬に直結するという流れになれば、事業所規模等に限らず導入に力を入れざるを得ません。

そこで現場に導入ノウハウが乏しいとなれば、そこでマネジメントのできる人材へのニーズが高まることも考えられます。先に述べたようにIT系技術者も人材不足ではありますが、企業によって業績に差がある中では、たとえばITマネジメントの経験がある人が兼業という形で介護現場に入職してくるケースは増えるかもしれません。法人としても、「非常勤でシステム構築ができる人材」を求める傾向も高まっていく可能性があります。

ここに国の施策が何らかの形でかかわってくるとして、介護現場への人材の流れが加速することも考えられます。問題は、そうした人材が職能として活躍できる環境です。現場のことが分からなければ、あるいは介護現場の多職種とうまくチームが組めなければ、地に足のついたシステム構築もできません。

いずれにしても、国が進めようとしている介護現場の業務効率化の下、雇用施策の名のもとに、「人」がコマのように使われる風土が生じないか──これから注意が必要です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。