兵庫県ルールに見る根本的な課題

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新型コロナ感染対策の一つとして支給される「介護従事者への『慰労金』」。兵庫県が独自の要件を設定し、波紋を呼んでいます。いったん大きく絞り込まれた支給対象が、県議会などからの要請を受けて拡大されました。しかし、「独自ルール」であることに変わりはありません。この問題、介護施策そのものへの向き合い方が問われているといえます。

兵庫県が設定した新たな慰労金ルールとは?

今回の兵庫県のケースで、焦点となっているのが「感染者の発生・濃厚接触者への対応がなかった」事業所・施設についてです。そこで働く従事者への5万円給付の要件として、兵庫県が示した「一定の役割を果たした事業所・施設」のルールを改めて確認しましょう。

(1)兵庫県の協力スキーム(感染者発生時に応援職員の派遣や代替サービスの提供を行なう事業所・施設)に登録(予定含む)、あるいはスキーム外ですでに協力を行なっている。

(2)発熱など新型コロナ感染症に類似した症状の利用者に対応した。

(3)感染防止のために通所サービス等の利用ができなかった利用者に、代替え支援として訪問によるサービスを提供した。

(4)他の事業所・施設を利用できなかった利用者を新規に受け入れた、または、受入れのための体制を整備した。

(5)職員が感染源とならないよう、徹底した感染症対策に取組むために以下を実施。a.職員と一体となった業務外における感染予防の取組み、b.利用者に対して感染防止等に資する啓発・指導(ポスター掲示等含む)。

介護報酬上のプロセス評価を彷彿とさせる

以上の「いずれか」に該当すればOKとなります。上記の(5)が要件となったことで、事業所・施設の取組み姿勢次第では、ほとんどの事業所・施設で働く従事者が対象となる可能性は高いでしょう。当初に国が示していた「慰労金」が行き渡る範囲は、結果としてカバーされることにはなりそうです。

また、「感染防止にかかる現場の取組みを進ちょくさせる」という効果が期待できる点で、「(予算をかけただけの)実効性がある」という評価も出てきそうです。しかし、今回の慰労金は、本当にこうした感染防止ルールによって規定されるべきものなのでしょうか。

ちなみに、上記のルールを見てピンと来た人もいるでしょう。これは、介護報酬上の加算要件、特にプロセス指標(省令や通知で「何をすべきか」を定めた指標)によく似ています。ここには「現場を動かすためのインセンティブ」の考え方が含まれているわけです。

これに対し、今回の慰労金が画期的なのは、以下のことを国が評価したという点にあったはずです。それは、新型コロナの感染拡大という未曽有の事態に、現場従事者が「今、自分たちは何をすべきか」という課題に悩み、向き合ってきたことです。「○○をしたからお金が支給される」ではなく、プロとして向き合ってきた「介護従事者という存在」そのものに光が当てられたことが大きいわけです。

介護現場の足腰を弱めてきたものは何か?

これまでの介護報酬の変遷はこの考え方がなく、国のコントロール下に置かれることだけが価値となってきました。それゆえに、介護従事者は「自らが考え汗を流したこと」への尊厳がなかなか育まれず、いつしか職業としての存在意義を見失いがちになります。それが現場の疲弊を生み、今回の新型コロナのような「国としても想定外」の事象に立ち向かう足腰を奪ってきたのではないでしょうか。

そうした悪循環がようやく修正されるかもしれない──それが、今回の慰労金に向けられた期待だったと考えます。もちろん、保険給付となれば「利用者の保険料や自己負担(つまり、給付と負担の関係)」にかかわるわけで、介護保険制度の枠組みの中で細かな議論が必要です。しかし、公費となれば、国が国民に示す大きな方針と位置づけられます。その良し悪しは国民が判断するとしても、未曾有の事態の中で、介護人材を国民の命を守る財産としてはっきり位置づけたことになります。それが大きな意味を持つわけです。

今回の兵庫県のようなルール化は、その大きな位置づけを根本からくつがえしかねません。さらには、次の報酬改定に向けた「新型コロナ対応をどのように評価するか(たとえば、新型コロナ対応加算など)」という議論の中で、今回のルールが「よくできたしくみ」としてひな型採用される可能性も出てきます。

そうした従来のプロセス評価的発想に戻ってしまえばどうなるでしょうか。新型コロナのみならず、今後新たな感染症などが出現する事態となった場合、それに立ち向かえるだけの足腰を現場は培えるのでしょうか。今回の新型コロナの感染拡大は、今までの介護現場への評価のあり方に大きな警鐘を鳴らしているという点を真摯に見つめたいものです。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。