法人連携が進む中での現場のあり方

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今回も政府の規制改革会議の答申から、気になる点を取り上げます。それは、先の社会福祉法等の改正によって誕生した「社会福祉連携推進法人」についてです。先の答申では、この新たなしくみに対する課題が示されました。同時に、介護事業のあり方を国がどのように導こうとしているのかがうかがえます。

新設された社会福祉連携推進法人とは?

まず、今回誕生した社会福祉連携推進法人について、改めて解説しておきましょう。

これは、社会福祉法人やNPO法人などの非営利法人を「社員」とした組織で、その「社員」間の共同による事業を推進することを目的としています。たとえば、「社員」による共同で介護人材等の採用・育成を行なったり、自然災害時などで各「社員」の利用者の安全を共同で確保するとします。その際の法人間連携の「プラットフォーム」となるわけです。

もちろんこうしたしくみに頼らなくても、現状において、緩やかに「法人間連携」を進めることは可能です。法人同士の自主的な連携のほか、社会福祉協議会などが間に入って連携を取り持つという方法もあります。

厚労省は、こうした連携を支援するために「小規模法人のネットワーク化による協働推進事業」などを行なってきました。たとえば、法人の事務処理部門を共同化する場合の費用なども助成対象としています。

規制改革推進会議が寄せる期待と課題

ただし、協働のためのルール整備など、足元をより固めていくことが必要になる場合もあります。たとえば、地域課題が複雑化して、高い専門性を持つ法人同士の協力が求められるケース。あるいは、今回の新型コロナ感染など地域や法人の枠を超えた協力が求められる状況が増えてくるといったケースです。

こうしたケースでは、機動力を高めるうえで法人同士の合併や事業譲渡などが有効となることもあります。一方で、さまざまな課題も生じます。何より、各法人なりに築いてきた地域貢献の考え方やそれを実現するために築かれきた風土が、大規模法人に吸収される中で解消されてしまう可能性もあります。

地域に根差しつつ、住民のニーズに寄り添うことが社会福祉の原点であるなら、もう少し違った連携の方法が求められるのではないか。「しっかりとしたルール化」などは図りつつ、「各法人の自主性」も尊重されるというしくみができないか──この課題に応えたのが今回の社会福祉連携推進法人というわけです。

こうして誕生した社会福祉連携推進法人ですが、先の規制改革推進会議の答申では、特に「介護事業者の安定的な経営を確保する」うえで強い期待を寄せています。一方で、冒頭で述べたように「課題」も指摘しています。

大規模法人の意向ばかりが強くなる懸念も

その課題とは、「1社員(参加する法人)1議決権という原則ルールのもとで、事業連携に必要となる共通的な意思決定を円滑に行なうことは困難」というものです。そのうえで、議決権にかかる定款上の定めに関する考え方を整理することなどを求めています。

「1社員1議決権」にはさまざまな考え方もありますが、たとえば「法人規模にかかわらず1社員1議決権がいいのかどうか」という問題も提起されていると言えます。つまり、法人規模によって議決権を変えていくという考え方も示唆されているわけです。

これならば、確かに共通の意思決定にかかるスピード感は発揮しやすくなるでしょう。しかし、先に述べた「小規模法人なりに築いてきたビジョンや風土」が軽視されてしまうことはないのか、という懸念がどうしてもつきまといます。「結局、合併と同じ」となってしまっては、今回の社会福祉連携推進法人のメリットが薄れてしまいかねません。

現在、国が強く進めようとしているのが、介護現場における業務改革です。そこでは、ICTの導入や業務分担の見直しなど、場合によっては複数法人の協働で進めた方が効率的になることもあります。そうしたケースで社会福祉連携推進法人の出番となるわけですが、小規模法人の業務風土を無視して、「発言力のある法人」の意向だけで進められてしまうと、さまざまな問題も生じがちです。

本来、業務改革というのは、現場従事者が「それに納得しながら主体的にかかわっていく」ことが重要です。その納得を得るにはトップと現場の丹念なコミュニケ―ションが欠かせませんが、一法人内でも難しいケースが見られます。ましてや、連携する「発言力の強い法人」の意向となれば、現場との距離感が広がってしまう可能性もあるでしょう。

その結果、国の提唱する業務改革が、「大規模法人の流儀に揃えればよい」という性格のものになってしまう恐れはないのか。規制改革推進会議の提唱については、そうした点からの検証も必要になりそうです。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。