通所等の特例に見る次期改定の兆候

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厚労省が6月1日に発出した「介護報酬の臨時的な取り扱い」について、少なからぬ混乱が広がっています。利用者負担増ともなる異例の取扱いですが、厚労省の述べる「新型コロナ対応を評価したもの」という点だけでなく、次の改定との関連にも注意が必要です。

利用者への説明に多大なエネルギーが必要に

今回の取扱いは、たとえば通所系では、月あたり最大4回まで「2区分上位の利用時間区分」の報酬算定が可能となります。利用回ごとに複数の時間区分となる場合などで、適用回数やどの利用時間の区分が対象となるのかがかなり複雑です。利用者負担が増えるというだけでなく、利用者の理解を得るための事業者や担当ケアマネの説明負担が重くなることも見逃せないでしょう。

仮に同意が得られず、上位区分の算定ができないとなれば、ケアマネと通所事業者等との間にも溝が生じかねません。「新型コロナ対応の負担を評価した」という狙いの一方で、チームケア体制に支障が生じるとなれば本末転倒と言わざるをえないでしょう。

せめて「負担増」分を区分支給限度基準額の対象外とすることはできなかったのか。新型コロナ対応というのであれば、緊急包括支援事業の枠内で、公費によって実施できなかったのか。利用者の同意が要件となれば、そもそも所得段階によって利用者負担などに差をつけてきた厚労省の施策そのものが説得力を持たなくなるのではないか──等々、現場としてもさまざまな疑問が浮かぶはずです。

2021年度改定への「布石」が浮かんでくる

ここからもう一歩踏み込んだとき、2021年度の報酬改定との絡みが見え隠れします。ここ数日、東京都を中心に再び新型コロナ感染者が増加傾向にあり、今秋から来年春にかけての第二波、第三波の到来が懸念されています。そうなれば、新型コロナをめぐる報酬・基準上の特例措置のいくつかが、次の改定で「常設化」される可能性は高いでしょう。

たとえば、現場としては以下のような期待を抱くのではないでしょうか。(1)基本報酬を引き上げ、(2)新型コロナ対応にかかる新加算を創設する。さらに、(3)今回の緊急包括支援における「慰労金」のような公費による継続的な従事者向け給付を行なうという具合です。

しかし、現在は社会保障にかかる大規模な財政出動を黙認している財務省なども、数年規模で財政健全化の旗を降ろしたままにするとは思えません。また、社会保険制度の持続可能性という観点から言えば、上記の(1)(2)による保険料の引き上げも、(財界等からの要請も強いゆえに)最小限に抑えるしくみを模索してくる可能性も高いと考えられます。

厚労省としては、こうした財政上の圧力に対し、今からさまざまな手を打とうとしているのではないか──こうした予測のもとで今回の「臨時的な取り扱い」を見ると、2021年度改定に向けた「布石」が浮かんできます。

「利用者の主観的判断」で報酬が変化する?

まず、上記の(1)と(2)を別個に実施するのではなく、今回の措置のように「既存の基本報酬」の中で操作するやり方を取るのではということです。つまり、新型コロナ対応にかかる一定の要件をクリアした場合に、既存の基本報酬の上位区分を算定するという具合です。

あるいは、今回の短期入所の措置における「既存の加算(今措置で言えば「緊急短期入所受入加算」など)」について、やはり一定の要件を設けたうえで算定可能とするという具合です。これにより、もともと設けられている加算が想定するインセンティブも包含しながら制度設計を行なうわけです。

なぜなら、新型コロナ対応にかかる新加算を設けたとして、単体で制度化していくための厳密な要件設定は簡単ではないからです。たとえば、感染者が多い地域の方が事業休止等の発生する確率は高く、現場の緊張感も高くなるでしょう。といって地域の感染率を要件化することは賛否が分かれるでしょう。

従事者の衛生管理や衛生備品の完備などを要件としても、誰がどう判断するのかで難しい部分もあります。新型コロナ対応計画の策定などを持ち出しても、事務負担の増加で現場対応が疎かになっては意味がありません。

そこで、今特例のような「利用者同意」という視点も漂ってくるわけです。要するに、(客観的な要件設定が難しければ)顧客の主観的判断に任せるという点で、「強い市場原理」が持ち出されたことになります。しかも区分支給限度基準額は変えず、「利用控え」という顧客判断もやむなしという考え方も垣間見えています。ここまでくると、財務省の意向などもうっすら浮かぶのではないでしょうか。

本改定でそこまで激しい改革はありえない──と思われるかもしれません。しかし、新型コロナが社会のあり方を大きく変えつつある中、施策側(特に財務省など)にも大胆な方針転換が生じている可能性があります。介護給付費分科会の議論のみならず、今年の財務省建議などにも注意を払う必要があります。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。