今回の改正法、意外に大きなポイント

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介護保険法の改正も含む改正社会福祉法等(正式名称:地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律)が成立し、6月12日に公布されました。全体の中ではあまりクローズアップされてはいませんが、介護保険制度の将来を見すえたときに、重要となりえるポイントを掘り下げましょう。

国の情報分析で「介護の常識」が定められる!?

ここで取り上げるポイントとは、介護保険等関連情報の分析にかかる条項です。「情報分析」というと、「それは国や自治体のやることであって現場には関係ない」と思う人もいるかもしれません。しかし、実は、現場実務にも大きくかかわってくる問題です。

2018年度の介護報酬・基準改定の前後から、介護施策上の議論で打ち出されるようになったテーマに、「科学的に自立支援等の効果が裏付けられた介護の実現」があります。

具体的には、高齢者の状態にかかるデータと介護サービスのデータを連結させたうえで、自立支援効果のある介護サービスとは何かについて分析を進めること。そして、その具体的な結果を国民に提示していくことです。

分析結果を提示するということは、それが「介護サービス上の常識である」と位置づけることに他なりません。「常識」となれば、それに沿っていないサービスは「常識から外れている」ということになります。将来的な介護報酬改定の議論でも、加算・減算の基準として取り扱われる可能性が高まるわけです。

2019年の法改正から続いている情報改革

ちなみに、この情報分析をめぐる法律上の環境整備は2019年の法改正から続いています。その内容を改めて整理しましょう。

まず、被保険者の要介護認定や介護レセプトの情報(2018年度から市町村からのデータ提供が義務化されている)と、診療にかかる情報の「連結」が行われました。さらに、この連結情報を「分析・研究」のために第三者機関に提供することを可能としています。

もちろん、第三者機関への提供の場合には、個人が特定されないように匿名情報としたり、目的外での利用や個人を特定できる復元・照合を禁止とすることなどが法律で規定されています。とはいえ、自治体をはじめ、他の(厚労省以外の)行政機関や大学等の研究機関などに幅広く情報が提供され、外部からの多様な分析結果がもたらされることになります。

そして、今回の改正ですが、強化された部分は2つあります。1つは、介護・医療間の情報の連携の精度を上げるために、被保険者番号の履歴を活用できるようにしたこと。もう1つは、厚労省が調査・分析を行なう情報に「上乗せ」が図られたことです。

上記の「上乗せ」情報というのは、以下の2つです。1つは、要介護者に提供される介護サービスの「内容」にかかるもの。もう1つは、地域支援事業の実施の状況にかかるものです。いずれも情報の詳細については、厚労省令で定めるとされています(つまり、省令改正によって、具体的な「情報の範囲」が広がっていく可能性もあるわけです)。

従事者の心身に新たな負担は及ばないか?

いずれも、これまでの介護保険関連の情報の調査・分析および結果公表と異なり、「努める」という努力義務にとどまってはいます。しかし、「努める」とされたからには、DBを駆使しつつ「サービス内容」にまで踏み込んだ情報分析が進むのは間違いないでしょう。

さて、介護サービスの「内容」にかかる情報ですが、言うまでもなく新たなDBの活用が想定されています。つまり、リハビリにかかるVISITや、「利用者の自立支援に資する介護サービスの内容」にかかるCHASEです。

いずれのDBも「現場からどのように情報を集めるか」が課題となっていますが、前者については2018年改定で「VISITへの情報提供」を要件としたリハビリ・マネジメント加算IVが誕生しています。後者についても、2021年度改定で「情報提供」をインセンティブとした加算等が誕生するかもしれません。

注意したいのは、今回の法改正で、「厚労省は現場から情報を求めることができる」と明記されたことです。「提供」側に義務条項はありませんが、すでにICT導入に向けた補助金で「CHASEへの情報提供」を条件とするしくみも見られます。今後は、あの手この手の情報収集が強まってくることも考えられます。

こうして見ると、現場従事者としては「なぜそのケア業務を行なうのか」について、(公表された分析結果にもとづいて)逐一根拠づけを求められる時代になるのかもしれません。しかも、その分析のための情報を提供するという実務もプラスされていくわけです。

介護現場の従事者に新たな心身の負担は生じないのか、それに見合った報酬が設定されるのか。そして、そもそも新型コロナ感染の影響下で、それ以前の集積情報の分析は実態に沿うものになるのかどうか。給付費分科会でもきちんと議論されるべき課題といえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。