新コロナ下、通いの場は機能するか

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国立長寿医療研究センターの調査によれば、新型コロナウイルスの感染拡大により、高齢者の身体活動時間が約3割(1週間で約60分)減少したことが明らかになりました。緊急事態宣言は解除されましたが、重症化リスクの高い高齢者の活動意欲はなかなか元には戻りません。要介護リスクの高まりは、これから本格化する恐れもありそうです。

2019年改正法の施行を直撃した新型コロナ

近年の国の施策として、健康寿命を延ばすことで、高齢者の医療・介護にかかる給付を抑えることに力が注がれています。介護保険制度の枠組みの中では、地域支援事業(一般介護予防)における「通いの場」などをいかに活用するかが大きなテーマの一つです。

2019年の国民健康保険法等(介護保険法含む)の改正では、高齢者の疾病・重症化予防に力点をおく高齢者保健事業等と、介護保険の「通いの場」等を一体的に実施することが制度的に位置づけられました。

これにより、保健事業にかかわる医療職等が、「通いの場」等でのアドバイザーやコーディネーターとして関与する機会が増えていくと思われます。また、参加者の健診情報などを地域支援事業に活用するしくみもでき、これらの施策によって「通いの場」等での介護予防効果を上げることが目指されています。

ところが、今年4月からの施行となったとたん、奇しくも新型コロナの感染拡大のタイミングが重なりました。国が想定する「住民主体の活動」による「通いの場」は、クラスター(集団感染)回避のために、その多くが休止となりました。また、保健事業にかかわる医療職も、感染防止等への対応から「通いの場」等の再開に向けた取組みもなかなか進められないという状況に陥っています。

住民主体の活動が直面している問題とは

そうした中、厚労省は5月29日に、「通いの場」等の再開に向けての通知を発しました。内容は「感染防止に向けた留意事項」で、いわゆる三密を避けるほか、運営者・参加者ともに検温を実施したり、1時間に2回の換気、参加者同士の間隔(できるだけ2メートル)の確保、歌など大きな声を出す機会を少なくすることなどの事項が示されています。

しかしながら、感染症に関してリスクを完全にゼロにすることは困難です。仮に市町村からの運営再開の要請があったとしても、運営者としては消極的にならざるを得ないというケースも多いのではないでしょうか。

確かに、運営にかかわるボランティアなどが加入するボランティア保険では、新型コロナに感染した場合も補償の対象とする改定が行われています。しかし、万が一クラスター等が発生すれば、住民主体の組織としてのダメージは計り知れません。その後に、ボランティアなどが委縮して集まらなくなるという懸念も、運営側には小さくないはずです。

もちろん、そうした懸念は就業する専門職でも同様です。だからこそ、専門職には「職業人生にかかる多角的なリスク(地域から「感染者を出した」などと心ない非難を受けたりすることによる精神的な負担も含む)」を考慮したうえで、公費や保険財政からの「危険手当」等が国レベルで議論されるわけです。しかし、住民主体のボランティアに対して、現状ではそうした議論の機会はほとんどありません。ここに、専門職による支援と住民主体の互助的な支援との間の大きな差があります。

介護給付からの「軽度者外し」を見直す時

ちなみに、今回の厚労省の通知を見ると、市町村に対して「通いの場等にとどまらない、社会参加や地域づくりにつながる多様な取組みの展開」の検討を要請しています。その中には、「住民間での個別訪問を組み合わせる」という提案も含まれています。「受け皿」的対応も、住民主体の取組み内でカバーしていくという考え方が中心になっているわけです。

しかしながら、冒頭のデータに見られるように、高齢者の活動時間が大幅に低下する中で、高齢者の要介護リスクは遠からず高まっていきます。これからは熱中症リスクも加わるわけで、活動低下はさらに進むことになりかねません。住民主体の活動で介護予防を進めるという施策は限界が生じてくるでしょう。

となれば、少なくとも「要支援から要介護1・2」の人が増えることを想定したうえで、そうした利用者がさらに重度化しないよう、集中的に介護・医療の専門職がかかわれるしくみが求められます。近年の介護保険の議論では、上記のような人々を「軽度者」と位置づけて「介護給付から外す」という流れを強めています。この流れを押しとどめたうえで、むしろ評価の拡大を行なうべきでしょう。

地域支援事業は、地域の多様な活動が行なえる環境であってこそ効果をもたらすものです。それが困難となる中では、介護給付を「予防施策の中心」へと位置づけ直す施策が欠かせません。介護保険財政の急速な悪化を防ぐためにも、考えるべき方向性といえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。