特定処遇改善加算の「本当の目的」

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昨年10月に新設された介護職員等特定処遇改善加算。その請求状況が厚労省から示されましたが、これまでの処遇改善加算と比較して請求割合の低さが明らかになっています。この数字をどう見るか、そして今後の処遇改善策はどうあるべきなのかについて考えます。

加算請求では何が「壁」となっているか?

ここでは、介護保険事業にかかるデータに絞ってみます。特定処遇改善加算がスタートした10月で53.8%、11月で56.4%──これを前回(2017年4月)、前々回(2015年4月)に上乗せされた処遇加算のスタート直後の数字と比較してみましょう(2019年7月開催の介護保険部会で提示された資料を参照)。

まず、前回上乗せされた区分(現行の加算I)の請求は、スタート時の4月で64.8%。一方、前々回上乗せされた区分(現行の加算II)の請求は66.1%となっています。これらの数字と今回の特定処遇改善加算の請求状況を比較すると、1割程度低いことになります。

施策者側から見れば、「期待されたほど請求状況は伸びていない」と受け取るかもしれません。しかし、これまでの処遇改善加算にない「請求事務」が上乗せされたことを考えれば、この程度の数字となるのは「予想された」という受け止め方が自然ではないでしょうか。

ちなみに、ここでいう「上乗せされた請求事務」の中心となるのは、「経験・技能のある介護職員」などグループごとの賃金の見込み額などを算出することです。ここでは事務の煩雑さはもちろんのこと、現場の人事マネジメントとの整合性をとるうえで、さまざまな「きしみ」が生じるという点が請求上の大きな壁になっていると考えるべきでしょう。

現場の人材不足ニーズに応えているか?

そもそも介護保険事業は、同じ法人内でも多職種・多資格者による「チームケア」が基本となっています。厚労省令で設定される報酬上の加算でも、指針・計画策定をチームで行なうことを要件するものがますます増えています。施設・事業所としては、チームを円滑に機能させなければ、収支に直接影響しかねない状況に置かれているわけです。

そうした中で、ベテランの介護福祉士とそれ意外の職員、あるいは同じリーダー格の職員の中でもキャリアによって賃金の見込み額を割り振るというのは、非常に難しい作業でしょう。また、中小規模事業所の中には、「すぐにでも人材のすそ野を広げたい」というニーズも強いはずです。そうしたニーズに対して、今回の特定処遇改善加算は、「実務負担」対「ニーズ達成」という点から考えても、高いインセンティブは望めそうもありません。

もちろん、加算率が相応に高ければ、現場に処遇改善を行き渡らせる効果はあるでしょう。しかし、過去の処遇改善加算と比較して加算率は低く、「どの職員に重点的に配分するか」という割り振りは難しくなってきます。そのため、「慌てて請求することがリスクになる」という発想も生じがちです。新型コロナ対応の影響で、現場実務がさらに煩雑化している中ではなおさらでしょう。

実は新たなマネジメントのための手間報酬?

以上の点を考えると、特定処遇改善加算は、本当に「処遇改善」を目的としたものだったのかという疑問も浮かびます。思い返したいのは、昨年の介護現場革新会議などの議論です。そこでは、「ICT等の活用や現場業務の洗い出し・切り分け」など、人材不足を業務の効率化(生産性の向上)でカバーしていくという施策へのシフトが見受けられます。

このシフト転換を行なううえで、カギとなるのは、「(ICT等による)現場の業務改革」や「(業務の切り分けに応じた)適材適所の人材配置や育成方法の見直し」です。いずれも、改革に向けて「人」をどう動かすかという高度なマネジメントが求められます。それを現場密着で行なうとなれば、リーダー格の職員にその任を負わせなければなりません。

つまり、今回の特定処遇改善加算は、そうした「業務効率化にともなうマネジメント」にかかる「特別報酬」という位置づけが見えてくるわけです。言い換えれば、ストレートに処遇を改善するという報酬体系とは「別のもの」と位置づけられるのかもしれません。

こうした施策の位置づけを見すえたとき、「現場従事者の生活を保障する」という観点での処遇改善策を、改めて立て直すという方向性が不可欠といえます。チームケアにしても、従事者それぞれの生活安定の実現というモチベーションがあってこそ活きるものです。次の報酬改定の議論では、もう一度処遇改善の原点に立ち返る必要がありそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。