訪問介護向け動画、真に活かすには?

f:id:testcaremane:20210804152459j:plain

 

厚労省が、新型コロナの感染対策に重点を置いた訪問介護員(ホームヘルパー)向けの動画を公開しています。ポイントを押さえた分かりやすい動画で、感染不安にさらされがちなヘルパーの間で閲覧数も伸びています。ただし、現場としては、こうした素材を「どのように活用するか」も同時に問われています。

感染対策への重要点は網羅されているが…

今回の動画では、利用者に認知症があるというケースでの訪問シーンを再現しています。そのうえで、感染防止の観点から「利用者の顔の前に自分の顔を持っていかない」、食事介助や口腔ケアに際しては「ゴーグルやフェイスシールドを着用し、利用者の斜め後ろから介助する」としています。

ここで気になるのは、利用者の中核症状により、視野が狭くなっていたり、対象者を認識すること難しくなっているケースです。利用者によっては、「相手や物事への認識が不十分」なことにより心理的な動揺を受けやすくなる──こうした状況もサービス提供者として想定することも必要でしょう。

もちろん、感染対策を徹底することに主軸を置いた動画ですから、そこまで想定すると焦点がブレてしまいがちです。しかし、ただでさえ感染拡大にともなう周囲の環境変化により、本人にかかるストレスも大きくなっています。そうした中で、動画にあるような感染対策の徹底が本人のBPSDの悪化などにつながってしまう可能性も無視できません。

動画の実践には、事業所のフォローも必要

ここで、事業所として考えるべきことがいくつかプラスされてきます。

たとえば、こうした動画を感染対策として活用する場合(ヘルパーが自主的に閲覧する場合も含めて)、認知症の人が「落ち着かなくなる」というケースの想定をヘルパーに周知することです。サ責などが、認知症ケアの基本に立ったうえで「声のかけ方」など留意点をきちんと示すことが望まれます。

そのうえで、やはりサ責が同居家族などに対し、「感染対策に留意したケア」についてきちんと説明し、本人の心理面の状況などについて認識を共有しておく必要があるでしょう。場合によっては、本人が落ち着きやすい環境の整え方(本人にとって心地の良い音楽を一緒に選んで流してみるなど)をアドバイスして、事業者への信頼感が増すような機会も意識的に設けるようにすることも重要です。

もっとも、動画にあるような感染対策の撤退が、本人にどれだけの影響を与えるのかはケースバイケースです。となれば、定期的にサ責による同行訪問の機会を設け、「感染対策を意識したケア」によって利用者にどのような影響がおよんでいるのかを随時把握していくという対応も欠かせないでしょう。

つまり、動画にあるような対応を徹底する場合には、それに応じたサ責等の手厚いフォローがセットで組まれなければなりません。事業所としては、動画にあるような衛生用品が安定的に提供できるかも大きなポイントでしょう。こうしたフォロー体制がしっかり整っていてこそ、今回のような動画の効果が初めて発揮されることは言うまでもありません。

動画作成が「施策の目的」化していないか?

さて、こうしたフォロー体制を考えると、補正予算で組まれたサービス継続支援事業の適用範囲は明らかに範囲が狭いといえます。

動画は、事業の対象となる「濃厚接触者に対応した事業所」などに限定しているわけではなく、あくまで「今の状況でのスタンダードな対応」です。そして、先に述べたようなフォロー体制においては、衛生用品のヘルパーへの安定的な提供やサ責の負担増による相応の手当増が不可欠です。その点を考えれば、国としても今回のような動画をきちんと活かすための追加施策は必須となるはすです。

厚労省などは、こうした動画の閲覧数が思いのほか伸びていることで、今後も同様の取組みを進めていくことになりそうです(すでに現場のハラスメント対策にかかる動画もアップされています)。懸念されるのは、動画の作成そのものが施策の目的となり、「それによって何を目指そうとしているのか」が置き去りにされてしまうことです。

今回のような動画は、あくまで現場従事者を保護するための「手段」のはずです。それならば、「目的」に向けて「手段」が十分に活かされるような従事者保護のための予算措置や法整備などをトータルで提供して行かなければなりません。今回の動画で言えば、現場での留意点を実践しやすくさせる予算・制度などを整え、そのリンクをきちんと通知内に貼付することが最低限必要となるでしょう。

現場として「トータルで守られている」という実感が得られなければ、閲覧数がどれだけ伸びようと手放しでは喜べません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。