「通いの場」だけが当事者の意向か?

厚労省の「一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会」が、中間取りまとめ後の議論を再開しています。現状では、「通いの場」の施策評価のあり方が中心となっていますが、さらに踏み込むべき課題はないのでしょうか。

要介護認定率で「評価」することへの慎重論

今回の検討会は、2040年までの健康寿命を3年以上延ばすという政府目標の実現に向けた主たる施策の一つと位置づけられます。また、介護保険部会の議論と並行して行われることにより、今検討会の議論は介護保険部会の取りまとめにも反映され、来年の国会で審議される予定の介護保険法等の改正法案を左右するポイントの一つともなるでしょう。

そこで重要になるのは、介護保険部会で議論されている「保険者機能の強化」にかかる評価指標との整合性を図ることです。つまり、一般介護予防の事業評価にもアウトカム指標を取り入れることで、地域の高齢者の介護予防効果を上げることが目指されるわけです。

保険者機能強化推進交付金にかかるアウトカム指標といえば、介護保険部会では「要介護認定率」が上がっています。しかし、同検討会の委員からは根強い慎重論も上がっています。たとえば、一般介護予防施策の軸と位置づける「通いの場」との関連で、「通いの場の参加率は4.9%であり、参加していない人の方が大多数。そのような状況で、通いの場の成果を要介護認定率で評価することは適切でない」という意見が上がっています。また、「要介護認定率の差は(中略)経済的・文化的要因も大きいので、一般介護予防事業の評価に使うのは厳しく、慎重になる必要がある」という「そもそも論」も見られます。

検討会では「幸福感」という指標も登場

こうして見ると、今回の議論はその入口部分での混乱が見え隠れします。本来、一般介護予防の評価というのは、「その地域の高齢者の予防に向けたエンパワメントをどれだけ底上げできるか」にあるはずです。先の意見にあるように、要介護認定率は多様な要因で変化するわけですから、これだけでアウトカム評価とするのはやや粗雑と言えるでしょう。

そこで示されたのが、地域の高齢者の「幸福感」という指標です。これは唐突に出てきた指標ではなく、介護保険事業計画の策定に際しての「ニーズ調査」項目に含まれているものです。確かに「本人のエンパワメント」には、生活意欲の底上げが大きくかかわるわけで、その点では「幸福感」も指標の一つとして考慮する価値はあるかもしれません。

もちろん、「主観的すぎる」あるいは「(要介護認定率と同じく)経済的、文化的要因など、左右される要素が多すぎる」という意見はあるでしょう。しかし、(1)定点観測での比較による指標とする、(2)他のニーズ調査項目との関連で影響を与える他要素から分離して計測するなどを通じ、あくまで指標の一つとして取り入れることは不可能ではありません。

とはいえ、どうしても無理やり感が拭えません。なぜそうなってしまうのかといえば、「通いの場」を中心とした「事業」ありきで、その事業の評価によって「介護予防を達成する」が前提になっている感が強いからです。

現状では、「移動手段」の方が重要課題では?

介護予防を展開するうえでの基本とは、「その人が『している・してきた生活』」にきちんと目を向けて、それをいかに継続・復活させるかという点にあるはずです。確かに、「通いの場」を設けることで、「してきた生活」を復活させる一助になることもあるでしょう。しかし、それはあくまで結果論であり、本人の意向とのマッチングが不十分なまま結果論だけを全国転換しても意味はありません。

ケアマネジメントでいうなら、「地域にデイサービスがあるから、まずはそこに通ってもらう。そうすれば、閉じこもりはおのずと防げるはず」という「サービスありき」の発想と変わりはありません。実地指導などでは、NGとなる可能性も高いケースです。

仮に、地域の高齢者の意向から最大公約数に近い要素を導くなら、それは「通う先の確保」ではなく「(してきた生活を継続するための)社会参加手段の確保」が先ではないでしょうか。具体的には、「移動」の手段などがそれにあたります。昨今、高齢者の運転事故が社会問題となり、自主的な免許返納が進んでいます。その場合、「今まで自分なりに確保していた参加の場」へのアクセスが制限されるケースも増えることになります。

この点を考えたとき、行き先である「通いの場」の整備以前に、地域の移動手段(公共交通機関のバリアフリー化なども含む)の確保についても、同等の重点策とするべきでしょう。ちなみに国交省では、2017年に「高齢者の移動手段の確保に関する検討会」が中間取りまとめを行ない、具体的な施策も打ち出しています。そうした取組みとの連携を図りつつ、一般介護予防施策の指標に絡めることもできるはず。高齢者の生活の継続・復活に不可欠ものは何かについて、当事者の「している生活」に立ち返ることが求められます。

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