白書が記す「包摂と多様性」とは?

2018年度版の厚生労働白書が公表されました。全体は2部構成で、1部は特定テーマに関する現状分析と関連施策等の紹介、2部は厚労省のさまざまな政策課題に関する年次報告となっています。今回は1部について取り上げます。テーマは、政府が「一億総活躍社会」の実現を目指す中での障がい者雇用や治療と仕事の両立支援などとなっています。

「持続的な社会発展」へとつながる流れ

この1部について注目したいキーワードが「包摂と多様性がもたらす持続的な社会の発展」です。「包摂」とは、言葉の通り「包み込む」ことをいいます。社会政策的な意味では、障がいや疾病、その他の社会生活上の困難がある人を含め、すべての人々を社会の一員として受入れ、支え合うというビジョンです。

そうした社会の中で、どのような立場の人々でも「その人らしく生きる」ための居場所が確保されるというのが、「多様性」という言葉に反映されています。国が推し進める共生社会ビジョンと密接に関係しています。

注意したいのは、その「包摂と多様性」が、「持続的な社会の発展」につながるという流れです。白書では、「全ての人々が包摂される社会」の実現によって、「安心感が醸成され、将来の見通しが確かになる」としています。その先には、「消費の底上げ、投資の拡大」というビジョンも示されています。また、「多様性が認められる社会の実現」により、「新たな着想によるイノベーション(技術革新)の創出」を通じて、「生産性が向上し、経済成長を加速する」ことが期待される──これが一億総活躍社会の目指す姿というわけです。

当事者の視点はどこまで反映されているか

確かに、「将来の見通しが確か」になれば、その効果の一つとして消費意欲は高まるかもしれません。しかし、生きづらさや社会からの疎外感に苦しむ人々からすれば、その効果は付随的なものの一つに過ぎないでしょう。

また、「多様性が認められる社会」が実現できれば、確かに今まで十分に発揮できなかった能力が認められ、結果として社会に寄与できる着想が生じるかもしれません。でも、それが生産性の向上や経済成長の加速に結びつくというのは、あくまで社会全体から見た結果論に過ぎません。その「結果論ありき」になってしまえば、「多様性を認める」と言いながら、「生産性や経済成長」という価値観で選別されるという逆説も生じるわけです。

要するに、ここで言う「包摂と多様性」に足りないものは何かといえば、生きづらさや社会からの疎外感に苦しむ当事者の視点です。当事者にしてみれば、身近な人々の「広い意味での人生」を豊かにし、それを「鏡に映った自分」と位置づけることで「自分はこの社会に居ていいのだ」という実感を手にする──これが視点の中心にあるはずです。

つまり、持続可能な社会というのは、そこで暮らす一人ひとりが内包する「他者を豊かにする価値観・人生観」が定まっている状態を指すわけです。その一人ひとりの思いをきちんとくみ上げる部分に施策を注がなければ、真の包摂や多様性の尊重は実現できません。

カギとなるのは、まさにケアマネジメント

上記の「当事者の思いのくみ上げ」を行なってきたのが、ソーシャルワークや相談支援にかかる専門職です。高齢者介護の分野でいえば、当然ケアマネということになります。

そのケアマネの実務ですが、ケアマネジメントの課題・目標に「生産性向上や経済成長、投資の拡大」などを設定するケースはほぼないでしょう。個人的な「経済的豊かさの確保」などは意向として出てくる可能性はありますが、その先に何があるかといえば、「家族の幸せ」や「自分が成し遂げたかった社会貢献」などが浮かんでくるはずです。

今、国が目指すべき社会の姿を探るとすれば、その人の意向に深く耳を傾け、当事者が「自分らしさ」を実感できる課題の解決と目標を設定すること──つまり、先のケアマネジメントの基本にあるといえます。包括的な相談支援の窓口設置も必要ですが、重要なのは、その中身にケアマネジメントの理念が根付いているかどうかではないでしょうか。

だからこそ、今必要なことはADL・IADLの改善といった表層的な部分でなく、もっと奥深くまでケアマネジメントの実績を評価することです。その芯となる部分に拙速な標準化を進め、それに従えるか否かだけをケアマネ評価としてしまうとすれば、「包摂や多様性」というビジョンそのものを薄っぺらなものにしかねません。望むべくは、厚労省と職能団体が協働で、一度「ケアマネ白書」を作成してもらいたいことです。その白書作成の過程で、真の「包摂と多様性」にかかる社会ビジョンが浮かんでくるはずです。

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